Five Solas

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

聖書研究 コリントの信徒への手紙一15章35~49節

聖書研究 コリントの信徒への手紙一15章35~49節(新共同訳 新約pp.321-322)

[35~38節] 死んで甦る

 パウロはこれまで死者が再び甦るという主張を、一貫性を持って論じてきた。それについてこの箇所では、①「死者はどんなふうに復活するのか」、②「どんな体で来るのか」という2つの問いを提起する(35節)。そして、この2つの質問について種の喩えを用いて説明していく。
 まず第1の問いに対しては、蒔かれた種が死ねば再び生かされるように、体も死ねば再び生きることが出来るとパウロは答える。死は復活のための過程に過ぎず、存在を消滅させることではないという意味である。「あなたが蒔くものは、死ななければ命を得ないではありませんか」(36節)。
 次に、第2の問いに対しては、主なる神が「御心のままに」「一つ一つの種にそれぞれ体をお与えにな」(38節)ると答える。
 ここで「体」と訳されているギリシア語はσῶμα [sóma]である。この語は生きている体や、有機体としての体を意味する。種と、それが蒔かれた後に育つものが全く違うように、復活の体も想像出来ないほどのものである。

[39節] 夫々違う肉

 本節で「肉」と訳されているギリシア語のσάρξ [sarx]は、σῶμα [sóma]と同様に、有機体としての体という意味を持っている。人間の本性という意味もあるが、ここではそのような意味では使われていない。
 パウロは、「人間の肉」が復活の体を持つように、「獣の肉、鳥の肉、魚の肉」も同様に新しい命を持つようになると語る(イザヤ書65章25節、ヨハネの黙示録5章13節)。