Five Solas Ministry

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

聖書研究 詩編78編43~55節

聖書研究 詩編78編43~55節(新共同訳 旧約pp.915-916)

(1) エジプトに対する主なる神の裁き(43~51節)

 主なる神はイスラエルを救うためにエジプトを裁かれた。10の災いによってエジプトの自然、産業、人、社会を激しく打たれた。川の水を飲めなくしたり(44節)、農作物と家畜を打つことによって人々の生存の根を揺るがした(45~48節)。また、「エジプトのすべての初子」を打つことによって未来の希望と力を断ち切ってしまった(51節)。
 主なる神が「燃える怒りと憤り」(49節)をもってエジプトを裁いたのは、彼らの罪、神の民に対する圧政、主なる神の御心に対する反抗の故である。エジプトに下った主なる神の怒りは、罪と世に対する裁きの徴である。これはイエス・キリストの十字架の死を通して罪とサタンの勢力が裁かれたこと、ヨハネの黙示録においてこの世が主なる神の裁きを受けることに繋がる。主なる神がこの世を裁くのは、信仰を持つ人々を救うためである。

(2) イスラエルに対する主なる神の救いと祝福(52~55節)

 主なる神はイスラエルの民を死の領域であるエジプトから救い出し、祝福の領域であるカナンに定着させた。牧者が羊を安全に導くように、主なる神はご自分の民を約束の地に導かれた(52~54節)。そしてイスラエルの民が約束の地に定住出来るよう、そこに既に住んでいた民族を追い払い、その地を彼らに嗣業として分け与えられた(55節)。
 このように主なる神の救いは祝福へと繋がる。この救いの出来事は、イエス・キリストの十字架と復活、そして聖霊降臨以後、神の子とされたキリスト者の祝福された人生を反映している。また、究極的にはキリスト者神の国において永遠に味わう幸いに繋がる。既に起こった主なる神の救いの出来事を記憶することは、成就しつつある主なる神の約束を信じる根拠になる。