Five Solas

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

聖書研究 詩編80編9~20節

聖書研究 詩編80編9~20節(新共同訳 旧約pp.918-919)

(1) 主なる神が植えられたぶどうの木(9~16節)

 アサフは主なる神とイスラエルの間の歴史を思い起こして祈り続けた。イスラエルは、主なる神が「エジプトから移し、多くの民を追い出して」約束の地に「植えられ」た「ぶどうの木」である(9節)。かつてこのぶどうの木の「陰は山々を覆い」(11節)、大枝は地中海まで、若枝はユーフラテス川まで伸び広がっていた(12節)。そのような繁栄は主なる神の恵みによるものであった。
 それ故、アサフは、イスラエルが苦境に置かれている状況にあって「なぜ、あなたはその石垣を破られたのですか。通りかかる人は皆、摘み取って行きます」(13節)と嘆いた。そして、「万軍の神よ、立ち帰ってください。天から目を注いで御覧ください。このぶどうの木を顧みてください/あなたが右の御手で植えられた株を/御自分のために強くされた子を」(15~16節)と再び恵みを施して下さるよう主なる神に叫び求めた。

(2) 私達はあなたを離れません(17~20節)

 罪を悔い改め、主なる神の恵みを求めるだけでは十分でない時がある。それは主なる神の怒りがいつまでも続いている時である(5節)。イスラエルというぶどうの木は、その罪の故に火で焼かれ、切り倒された(17節)。主なる神の忍耐が限界に達したのである。
 それ故、アサフは、主なる神に恵みを求めながら、「わたしたちはあなたを離れません」と誓い、「命を得させ、御名を呼ばせてください」(19節)と求めた。そして、「万軍の神、主よ、わたしたちを連れ帰り/御顔の光を輝かせ/わたしたちをお救いください」(20節)と懇願した。罪を悔い改め、主なる神の憐れみを求めることは必要であるが、それと共に正しい道に立ち返る決断が必要である。