Five Solas

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

聖書研究 コリントの信徒への手紙二4章1~12節

聖書研究 コリントの信徒への手紙二4章1~12節(新共同訳 新約p.329)

(1) 神の栄光を悟る光(1~6節)

 主なる神の「憐れみを受け」(1節)、「人を義とする務め」(3章9節)を委ねられた人間が取るべき基本的な態度がある。恵みの福音を任された者として、主なる神の恵みと憐れみに頼ること、いかなる苦難に遭っても「落胆」(1節)せず、「卑劣な隠れた行いを捨て、悪賢く歩まず、神の言葉を曲げず、真理を明らかにすること」(2節)である。
 主なる神の御前で恥じることなく生きることが、私達を召された方の御心である。「主であるイエス・キリストを宣べ伝える」(5節)者が、主なる神への従順によって変えられ、人々の前に真理を現すことがないならば、福音は「滅びの道をたどる人々に対して」「覆いが掛かっている」状態にある(3節)。
 この世には福音を「信じようとはしない」(4節)人々が多くいる。「神の似姿であるキリストの栄光に関する福音の光が見えない」人々がいるのは、サタンが彼らの心を惑わし、彼らの「心の目をくらまし」ているからである(5節)。
 イエス・キリストを信じることは、サタンとそれに従う勢力との霊的戦いである。主なる神だけが私達の目を開き、「わたしたちの心の内に輝いて、イエス・キリストの御顔に輝く神の栄光を悟る光を与えて」(6節)下さる。

(2) 土の器に納めた宝(7~12節)

 キリスト者は、土の塵によって造られた者に過ぎず(創世記2章7節)、死ぬべき存在である。しかし、その内に「イエスの命」(10~11節)という主なる神の「並外れて偉大な力」(7節)が宿っている。それ故、最高の栄光を味わうことが出来る。
 主なる神は、壊れ易く、取り柄のない「土の器」(7節)のような人間を、特別に整えられる。その結果、キリスト者の生き方には主なる神の御力が現れる。「わたしたちは、四方から苦しめられても行き詰まらず、途方に暮れても失望せず、虐げられても見捨てられず、打ち倒されても滅ぼされない」(8~9節)とパウロは言う。キリスト者には主なる神の計画の外で起こる無意味なことは何一つない。これこそキリスト者が大胆になれる根拠である。
 器が宝の価値を決めるのではなく、宝が器の価値を高める。土で造られた器の中にある宝を誇って生きていこう。