Five Solas Ministry

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

聖書研究 コリントの信徒への手紙二5章11~21節

聖書研究 コリントの信徒への手紙二5章11~21節(新共同訳 新約pp.330-331)

(1) イエス・キリストのために生きる(11~15節)

「主に対する畏れを知っている」(11節)者は、「神のため」に、また隣人のために生きる(13節)。この世の人々は「外面を誇」(12節)るために神経を遣う。しかし、私達は「神にはありのままに知られて」(11節)いる。
 イエス・キリストと結ばれた者の心には「キリストの愛」が根差している。イエス・キリストは自分の命を差し出してまで私達を愛して下さった。パウロが命の危険を顧みることなく、使徒としての務めを果たすのも、「すべての人のために死んでくださった」イエス・キリストの愛がパウロを「駆り立てているから」である(14節)。それは、パウロの力ではどうすることも出来ない主なる神の働きかけがあるということである。
 イエス・キリストの愛に触れた者は、「もはや自分自身のために生きるのではなく、自分たちのために死んで復活してくださった」(15節)イエス・キリストのために生きるようになる(15節)。そして、イエス・キリストに対する愛の告白は、隣人に対する愛として現れてくる。

(2) 和解のために奉仕する任務(16~21節)

 私達は、イエス・キリストにあって「神と和解させていただき」、イエス・キリストによって「神の義を得ること」が出来る(21節)。主なる神を離れた人間は、主なる神と敵対しており、主なる神の怒りの下にある。そのような罪人を主なる神と和解させることが出来るのはイエス・キリストだけである。イエス・キリストの死をもって、罪人である私達が主なる神から受けるべき裁きと呪いが全て解決された。
 福音を受け入れ、「キリストと結ばれる人はだれでも、新しく創造された者」(17節)である。イエス・キリストを信じた者は、イエス・キリストを愛し、イエス・キリストに従う者とされる。信仰と従順は切り離せない。信仰は従順によって証しされる。主なる神は、私達が思いにおいても、考えにおいても、行いにおいても主なる神に従って生きるために、聖霊を送って下さる。
 主なる神は「キリストによって世を御自分と和解させ」(19節)ると共に、イエス・キリストと結ばれた者に「和解のために奉仕する任務」(18節)をお与えになる。キリスト者は、主なる神と和解した者として、イエス・キリストにある平和を隣人と分かち合い、主なる神との和解へと隣人を招き、「キリストの使者の務めを果た」(20節)す。
 イエス・キリストが世の全ての罪を贖われた恵みに基づき、神の義が一人一人の心を治める時、主なる神との平和がこの世に実現していく。