Five Solas Ministry

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

聖書研究 コリントの信徒への手紙二6章11節~7章1節

聖書研究 コリントの信徒への手紙二6章11節~7章1節(新共同訳 新約pp.331-332)

(1) 心を広く(11~13節)

 心に余裕がなければ、私達は自分の問題に捕われ、自分の状況を見ることも他の人を受け入れることも出来なくなる。そのため、「自分で心を狭く」(12節)している人には誤解と不平と怒りがしばしば現れる。他の人がどれほど良い意図で近づいてきても、慰めの言葉も傷になり、賞賛の言葉もからかいのように感じられてしまうからである。
 自分の「心を広く開」(11節)く一つの方法は、「子供たち」(13節)のような心を持つことである。高慢を捨て、心を開き、相手の言葉を聞く準備が出来ていなければならない。
「心を広くしてください」(13節)というパウロの言葉は、ギリシア語の原文(πλατύνθητε [platynthēte])では受動態になっている。これは「心を広くせよ」という意味ではなく、子供のようになれば心が広くなるという意味である。

(2) 生ける神の神殿(6章14節~7章1節)

 私達はずっと罪にまみれて生きてきた。私達の心が狭いもう一つの理由は、サタン(ベリアル)とそれに追従する世の偽りに騙され、罪の奴隷になっていることである。「正義と不法とにどんなかかわりがありますか。光と闇とに何のつながりがありますか。キリストとベリアルにどんな調和がありますか。信仰と不信仰に何の関係がありますか。神の神殿と偶像にどんな一致がありますか」(14~16節)とパウロは言う。闇の考え方で光の人生を生きることは出来ない。
 キリスト者イエス・キリストにあって新しく生まれた者である。自分は「生ける神の神殿」(16節)であるという自覚を持つ時、サタンに引きずられて生きることはなくなる。また、自分は神の子とされたという自覚を持つ時(18節)、「信仰のない人々と一緒に不釣り合いな軛につながれ」(13節)ることもなくなり、広い心を持つことが出来るようになる。
 神の民とされた恵みに感謝しつつ、イエス・キリストの血潮によって「肉と霊のあらゆる汚れから自分を清め、神を畏れ、完全に聖なる者」(7章1節)となることを追い求めていこう。そのために自分の考えではなく主なる神の言葉を、全てのことを判断し考える基準としていこう。主なる神を畏れ、主なる神と同じ目的を持ち、主なる神の御心に適う生活と生き方をする時、私達は神の民に相応しく生きることが出来る。