Five Solas Ministry

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

聖書研究 コリントの信徒への手紙二7章2~7節

聖書研究 コリントの信徒への手紙二7章2~7節(新共同訳 新約pp.332-333)

(1) パウロの心の中にいるコリントの教会の人々(2~4節)

 私達の生活は、単純な出会いから心と心を分かち合う深い出会いまで、多くの関係から成り立っている。この時、互いに対する動機と真実がその関係の質と持続性を左右する。
 パウロは、コリント教会の人々に対し「厚い信頼を寄せ」、彼らについて「大いに誇って」いた(4節)。パウロにとってコリントの教会の人々は自分の「心の中にいて」、自分と「生死を共にしている」存在であった(3節)。それ故、パウロにとって、彼が誰かに「不義を行」ったり、「破滅させ」たり、「だまし取ったり」したという非難は、実に不当なものであった(2節)。
 或る人の価値はその人が去って長い歳月が過ぎた後に確認される。遠く離れていても、その愛と真実、そして献身が思い出される、そのようなキリスト者との出会いにおいて、心が開かれ(2節)、福音が正しく伝えられ、その関係を通して福音の豊かさが現される。

(2) 気落ちした者を力づけて下さる神(5~7節)

 主なる神は、「外には戦い、内には恐れがあ」り、その身に「全く安らぎがな」い者の祈りを聞き(5節)、「気落ちした者を力づけてくださる」(6節)方である。
 パウロは、イエス・キリストがそうであられたように、どこに行っても、患難と脅かしに直面した。更に、彼がエフェソでの働きを終え、エルサレムキリスト者を助ける献金を集めるために「マケドニア州に着いたとき」、このことをコリントでも成功裡に終えることが出来るかという心配を抱いていた。パウロは、コリントの教会の問題を解決しようと直接訪問したが、大した成果を得ることが出来なかった(2章1節)。
 そして、自分の代わりにテトスを派遣した(12章18節)。パウロは自らの決定について非常に悩んだ。しかし、テトスはパウロに、コリントの教会の人々がパウロを「慕い」、パウロのために「嘆き悲しみ」、パウロに対して「熱心である」ことを伝えた。主なる神はテトスを通してパウロに大きな慰めと喜びを与えた(6~7節)。