Five Solas Ministry

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

聖書研究 コリントの信徒への手紙二7章8~16節

聖書研究 コリントの信徒への手紙二7章8~16節(新共同訳 新約p.333)

(1) パウロの直言(8~12節)

 誰かを前にして耳の痛い忠告を語ることは簡単ではない。その関係に利害が関係しているなら尚更である。しかし、相手の悔い改めを心から願う時(9節)、関係の一時的な冷却や不利益を覚悟の上で、必要な言葉を語らなければならない。
 表で褒め、裏で悪く言うのは簡単である。しかし、表で叱りながら、裏で褒めるのは難しいことである。パウロは強い語調でコリントの教会を責め(8節)、正しい道を教えたが、実際に手紙を持って行くテトスには、コリントのキリスト者のことを誇っている(14節)。このような上司、師、助言者、親が必要である。また、そのような誇りに対して、コリントのキリスト者のように肯定的に応えなければならない。

(2) 美しい同労(13~16節)

 主なる神の働きは共になす時により美しくなされる。パウロは共に労する働き人であった。コリントの教会の問題を解決出来たことも、驚くべき同労の結果である。パウロは問題解決のためにテトスに手紙(コリントの信徒への手紙一)を託したが、成果がなかった。そして、自分が直接訪問したことで事態が更に悪化した。そのため、パウロは再度の訪問を取りやめ、テトスに手紙(現存していない)を持たせて派遣した。
 幸いなことに、主なる神はコリントのキリスト者を「従順」へと導いた。彼らは「恐れおののいて」テトスを「歓迎」し、多くの問題が解決された(15節)。これはテトスにとっては勿論、その知らせを聞いたパウロとテモテにとっても、大きな慰めと喜びとなった(13節)。彼らは落胆せず、慈しみ深い主なる神に期待する同労者であった。