Five Solas Ministry

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

聖書研究 ヨハネによる福音書13章12~20節

聖書研究 ヨハネによる福音書13章12~20節(新共同訳 新約pp.194-195)

(1) 主であり、師であるイエス・キリストの模範(12~15節)

 弟子は師に従う者である(15節)。それ故、イエス・キリストの弟子は、イエス・キリストが歩まれた奉仕の道を歩むように召されている(14節)。イエス・キリストの真の弟子は、そのような人生を幸いな人生であると信じる。従って、イエス・キリストの弟子であっても、熾烈な競争の中で互いに先を争い、多くを自分のものにし、人より上に立とうとするこの世の秩序を拒まないならば、イエス・キリストを口だけで信じて従っているに過ぎない。
「主であり、師である」(14節)イエス・キリストが弟子達の足を洗われたことは、神の国の新しい秩序を示している。イエス・キリストは、奉仕のリーダーシップ、互いに仕え合う愛を示された。イエス・キリストの弟子は、その地位がどうであれ、どこにいようと、仕える者として召しを受けたのである。

(2) ユダの裏切りと預言の成就(16~20節)

 イエス・キリストは、ご自分が「選び出した」(18節)者だけでなく、ご自分を売る者が誰であるかもご存知であった。イエス・キリストは、詩編41編10節を引用し、この「聖書の言葉」が「実現しなければならない」と言われた(18節)。この預言は食卓で共に食事をした友が裏切ったことを意味する。イエス・キリストと共に晩餐をとった弟子がイエス・キリストを裏切ることが旧約聖書に預言されていると教えて下さったのである。
 イエス・キリストがこのことを前もって語られたのは、弟子達のためであった。イエス・キリストの言葉通りに成就するのを見て、彼らがイエス・キリストを堅く「信じるようになる」(19節)のを助けられたのである。
 また、イエス・キリストは、「わたしの遣わす者を受け入れる人は、わたしを受け入れ、わたしを受け入れる人は、わたしをお遣わしになった方を受け入れるのである」(20節)と言われ、ご自分を通して弟子達を天の父と繋ぐことによって、弟子達が勇敢でいられるように助けられた。最後まで弟子達を配慮して導かれるイエス・キリストの愛が感じられる。