Five Solas Ministry

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

聖書研究 ヨハネによる福音書19章31~42節

聖書研究 ヨハネによる福音書19章31~42節(新共同訳 新約p.208)

(1) イエス・キリストの脇腹を槍で突く(31~37節)

 イエス・キリストの復活を疑う人の中には、イエス・キリストの死そのものを疑う人もいる。しかし、イエス・キリストは十字架で完全に死なれ、墓に葬られた。
 イエス・キリストの処刑を担当したローマ帝国の兵士達は十字架刑を完璧に執行した。「ユダヤ人たちは、安息日に遺体を十字架の上に残しておかないために、足を折って取り降ろすように、ピラトに願い出た」(31節)。しかし、イエス・キリストの死は余りにも確かだったので、兵士達は、一緒に十字架につけられた2人の男のように(32節)、イエス・キリストの足を折る必要がなかった(33節)。
 また、「兵士の一人が槍でイエスのわき腹を刺」すと、「すぐ血と水とが流れ出た」(34節)のをその場にいた人々が「目撃した」(35節)。このように、イエス・キリストの死に関する状況が詳しく記されているのは、旧約の預言が成就したことを立証するためである(出エジプト記12章46節、民数記9章12節、詩編34編21節、ゼカリヤ書12章10節)。主なる神の救いのご計画は、世の始まる前から既に準備されていた。

(2) 墓に葬られる(38~42節)

 イエス・キリストの死は全ての人のためのものである。イエス・キリストの弟子の中には、貧しい人や蔑まれている人がいる一方で、金持ちで尊敬されている指導者もいた。イエス・キリストに積極的に従った人がいる一方で、イエス・キリストを信じてはいたけれども、世の評判や他の人の視線を恐れて「そのことを隠していた」(38節)人もいた。
「イエスの遺体を取り降ろしたいと、ピラトに願い出」(38節)て、墓に葬った「アリマタヤ出身のヨセフ」(38節)は(42節)、最高法院の一員であった(ルカによる福音書23章50節)。彼と共にイエス・キリストを葬ったニコデモも(39節)、「ユダヤ人たちの議員」(3章1節)であった。
 ヨセフやニコデモはそれまで密かにイエス・キリストに従っていた(38節)。しかし、イエス・キリストの死に直面し、勇気を出して自分の信仰を表した(40節)。人類の罪を完全に贖うために自ら十字架を負われたイエス・キリストの御前に、老若男女、貧富貴賤を問わず、跪かない人はいない。