Five Solas Ministry

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

聖書研究 ヨハネによる福音書20章11~23節

聖書研究 ヨハネによる福音書20章11~23節(新共同訳 新約pp.209-210)

(1) イエス・キリストマグダラのマリアに現れる(11~18節)

 甦られたイエス・キリストの「墓の外に立って泣いて」(11節)いるマリアの姿は、イエス・キリストを信じていると告白しながらも相変わらず現実の問題に苦しんでいるキリスト者のようである。
 悲しみに沈んでいるマリアに天使が現れ(12節)、イエス・キリストが甦られたことを知らせた。「なぜ、生きておられる方を死者の中に捜すのか。あの方は、ここにはおられない。復活なさったのだ」(ルカによる福音書24章5~6節)。復活されたイエス・キリストに出会った時、マリアの問題は解決した(16節)。
 私達が喪失や困難の中にある時、イエス・キリストは私達に「なぜ泣いているのか」(15節)と言われる。キリスト者は、死に打ち勝って甦られ、今も働いておられるイエス・キリストを主と信じる者である。イエス・キリストと共に歩む者は、問題の前で簡単に挫けない。イエス・キリストを通して、イエス・キリストの父である神が信じる全ての者の神となり、父となられたからである(17節)。

(2) イエス・キリスト、弟子達に現れる(19~23節)

 私達の問題は、甦られたイエス・キリストに会えば解決することが出来る。イエス・キリストの弟子達が「ユダヤ人を恐れて、自分たちのいる家の戸に鍵をかけていた」(19節)時、復活のイエス・キリストが来られた。
 イエス・キリストは「真ん中に立ち、『あなたがたに平和があるように』」(19節)と祈り、十字架につけられた時に傷を負った「手とわき腹とをお見せになった」(20節)。私達を救うために釘打たれた手と槍に刺された脇腹は、信じる全ての者に対するイエス・キリスト愛のしるしである。
 その上で、イエス・キリストは弟子達をこの世に遣わされた(21節)。出て行って復活のイエス・キリストを、愛の神を証しするために。そして、イエス・キリストは弟子達のために約束した聖霊を遣わして下さった(22節)。今キリスト者は、罪の赦しの福音を携え、聖霊の力を受け、イエス・キリストを大胆に伝えることが出来る(23節)。