Five Solas Ministry

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

聖書研究 ヨハネによる福音書20章24~31節

聖書研究 ヨハネによる福音書20章24~31節(新共同訳 新約p.210)

(1) 信じる者になりなさい(24~27節)

 復活のイエス・キリストが最初に来られた時、「十二人の一人でディディモと呼ばれるトマス」はその場にいなかった(24節)。トマスは「わたしたちは主を見た」という他の弟子達の言葉も信じることが出来ず、確かな証拠を要求した(25節)。すると、復活のイエス・キリストは、トマスが言った通りの仕方でご自身の復活を直接確認させ、「信じない者ではなく、信じる者になりなさい」と言われた(27節)。
 しかし、甦られたイエス・キリストに直接会うことだけが、イエス・キリストの復活を信じるに到る方法ではない。信仰は「キリストの言葉を聞くことによって始まる」(ローマの信徒への手紙10章17節)。聖書に記された預言と約束の言葉を受け入れる時、信仰が生じる。トマスが復活に関するイエス・キリストの言葉を信じていたなら、弟子達の証言と合致する証拠を見出したことだろう。どれほど偉大な奇蹟を見ても、心が開かれていなければ、それは何の役にも立たない(ルカによる福音書16章31節)。

(2) 信じてイエス・キリストの名により命を受ける(28~31節)

 イエス・キリストを信じる過程や方法は人によって違う。簡単に信じる人もいれば、長い時間をかけて信じる人もいる。しかし、イエス・キリストに対する信仰告白とその信仰によって得られる結果は、いかなる場合でも同じである。疑い深かったトマスも、復活のイエス・キリストに出会うと、他の弟子達のように「わたしの主、わたしの神よ」(28節)とイエス・キリストに告白した。
 ヨハネによる福音書は、私達が奇蹟的な出来事そのものに関心を持つのではなく、その出来事の中で働かれる主なる神の救いの御手と愛の御声に気付き、イエス・キリストを信じるよう招いている。「イエスは神の子メシアであると信じる」なら、私達は主なる神から永遠の命をいただくことが出来る(31節)。永遠の命の人生は、この地上において既に始まっている(11章25~26節)。