Five Solas Ministry

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

聖書研究 イザヤ書41章1~13節

聖書研究 イザヤ書41章1~13節(新共同訳 旧約pp.1125-1126)

(1) 誰が真の神なのか(1~7節)

 主なる神が選ばれたイスラエルがバビロンの捕囚となったことは、彼らに主なる神の御力に対する疑問を抱かせた。これに対し、主なる神は全ての民族を呼び出し(1節、4節)、誰が本当の神なのかを証明しようと言われた。
 主なる神は、捕囚になったイスラエルをどのように救われるのかを語り、ご自分が真の神であられることを証明される。主なる神は、「東から」ペルシアのキュロスを起こし(44章28節)、バビロンを含む「国々を彼に渡して、王たちを従わせ」るようにされる(2節)。
 創造の初めから今日に到るまで、どのような勢力であっても、主なる神の御心によって栄え、また滅びた。偶像に仕える民族は、彼らの神が真の神であることを証明する機会すらも得られない。偶像は人を助けることが出来ず、偶像を作った人の手に操られるだけの無力な存在に過ぎない。

(2) たじろぐな、私はあなたの神(8~13節)

 キュロスを通して新しい歴史が展開される時、他の民族が恐れ戦くのとは異なり、イスラエルは恐れる必要がない。何故なら、主なる神が彼らを「固くとらえ/地の果て、その隅々から呼び出し」、「あなたはわたしの僕/わたしはあなたを選び、決して見捨てない」と語って下さったからである(9節)。
 バビロンの捕囚となったイスラエルは、主なる神が自分達を嫌い、捨てられたと思ったことだろう。しかし、主なる神は「恐れることはない、わたしはあなたと共にいる神。たじろぐな、わたしはあなたの神。勢いを与えてあなたを助け/わたしの救いの右の手であなたを支える」(10節)と語られる。主なる神が彼らを捨てられないのは、「わたしの僕イスラエルよ。わたしの選んだヤコブよ。わたしの愛する友アブラハムの末よ」(8節)という呼びかけにも明確に表れている。
 主なる神はご自分の民を守り、助けられる。その約束の故に、キュロスを通してバビロンを滅ぼされ、イスラエルを帰還させられた。だから、神の民は恐れる必要がない。