Five Solas Ministry

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

聖書研究 イザヤ書42章10~17節

聖書研究 イザヤ書42章10~17節(新共同訳 旧約p.1129)

(1) 新しい歌を主に向かって歌え(10~12節)

 イザヤは諸国に向かって「新しい歌を主に向かって歌え」(10節)と宣言する。「新しい歌」(10節)とは、主なる神が主の僕を通して行われる「新しいこと」(9節)に対する讃美である。
「海に漕ぎ出す者、海に満ちるもの/島々とそこに住む者」(10節)は、地中海沿岸と数多くの島々、そしてその住民を意味する。当時その地域は「地の果て」(10節)と考えられていた。また、イザヤは「荒れ野とその町々」、アラビアの砂漠にある「ケダル族の宿る村々」にも「呼ばわれ」と命じている。エドムの高地「セラに住む者」にも「喜び歌え。山々の頂から叫び声をあげよ」と命じている(11節)。
 全地が主なる神に向かって新しい歌を歌う時がやって来る(ヨハネの黙示録7章9~10節)。新しい歌は海からも荒れ野からも山々からも響き渡る。その時、偶像に仕えてきた「島々」も「主に栄光を帰」(12節)し、主なる神を讃美するようになる。

(2) 主なる神が行われる新しいこと(13~17節)

 イザヤが全地に新しい歌を歌うことを命じるのは、主なる神が「新しいこと」をされるからである。その新しいことはイエス・キリストを通して全て成就する。しかし、新しい日の始まりはイスラエルがバビロン捕囚から帰って来る時である。その時、主なる神は新しい民の創造を始められる。
 バビロン捕囚の間、主なる神はイスラエルに対し「決して声を立てず/黙して、自分を抑えて」(14節)こられた。しかし「時が満ちると」(ガラテヤの信徒への手紙4章4節)、主なる神は「勇士のように出て立ち/戦士のように熱情を奮い起こし」(13節)、バビロンを激しく打たれる(ヨハネの黙示録18章10節)。そして、「子を産む女」が激しく「あえぎ」、子を産むように(14節)、主なる神は新しい民を創造される。
 たとえイスラエルが「目の見えない人」のようであっても、主なる神は彼らを「見捨てることはな」(16節)かった。彼らに「知らない道」、「通ったことのない道」、即ち彼らの思いを越えた救いの道を歩かせ、彼らの「行く手の闇を光に変え/曲がった道をまっすぐに」(16節)された。その反面、「偶像に依り頼む者」は「甚だしく恥を受けて退く」ことになる(17節)。