Five Solas Ministry

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

聖書研究 イザヤ書43章1~13節

聖書研究 イザヤ書43章1~13節(新共同訳 旧約pp.1130-1131)

(1) あなたは私のもの(1~7節)

 主なる神はイスラエルに向かって「恐れるな、わたしはあなたを贖う。あなたはわたしのもの」(1節)と言われた。この時イスラエルは、自分達が遭っている苦しみの原因が何であるか、誰がその苦しみを下したのかさえ分からない、霊的に死んだ状態にあった(42章24節)。しかし、主なる神は、徹底して失望させたイスラエルの民に向かって、「わたしはあなたと共にいる」(2節、5節)と繰り返し言われた。そして「わたしの目にあなたは値高く、貴く/わたしはあなたを愛し/あなたの身代わりとして人を与え/国々をあなたの魂の代わりとする」(4節)と語られた。
 神の愛は一方的な愛である。主なる神は出エジプトの時のように、ご自分の民の救いのためならば、どのような国であっても裁かれる(3節)。そして、そのような主なる神の愛は罪人のために御子イエス・キリストまで送られることによって頂点に達した(ルカによる福音書20章13節)。その結果、主なる神はご自分の「栄光のために創造し」(7節)た子供達を東西南北から呼び集められる(5~6節)。

(2) 私の証人はあなたたち(8~13節)

 主なる神は「国々を一堂に集わせ、すべての民を集めよ」と呼びかけられた。そして、彼らに自分達が仕える偶像の「証人を立て、正しさを示し」てみよと言われた(9節)。主なる神がこのように語られたのは、「わたしこそ主、わたしの前に神は造られず/わたしの後にも存在しないこと」(10節)、「わたしのほかに救い主はないこと」(11節)を示すためであった。
 主なる神は「目があっても、見えぬ民」、「耳があっても、聞こえぬ民」(8節)であったイスラエルを導き、彼らに「あらかじめ告げ」、彼らに「救いを与え」、「ほかに神はないことを知ら」された(12節)。そして諸国の民にイスラエルの民こそ「わたしの証人」であると紹介された(10節、12節)。
 主なる神がご自分の民を創造し、予め語られた「新しいこと」を成就し、彼らを証人とされたのは、この方こそ真の神であるということの確実な証拠となった。その証言を聞いた者は「そのとおりだ」と言わずにはいられなくなる(9節)。主なる神はキリスト者に対しても全ての国々と諸国の民の前でご自身の証人となることを願っておられる。