Five Solas Ministry

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

聖書研究 イザヤ書45章1~13節

聖書研究 イザヤ書45章1~13節(新共同訳 旧約pp.1135-1136)

(1) 主が油を注がれた人キュロス(1~8節)

 イスラエルはバビロンに征服された後、殆どの民が捕囚としてバビロンに引いて行かれた状態にあった。
 しかし、主なる神は、イスラエルを贖い、回復するために(4節)、ペルシアの王キュロスを働き手として立てられた。キュロスは、主なる神の見えない御手によって勝利と権威、栄誉を受け、イスラエルの帰還政策を遂行することになる(1~3節)。
 キュロス自身は、そのことを導かれる主なる神と、自分を通して実現されることの意味を十分に悟ることが出来ない(4~5節)。だが、キュロスに大きな栄誉と成功が与えられることによって、「日の昇るところから日の沈むところまで/人々は」、それが主なる神の御力によるものであることを認める。そして、主なる神だけが「主」であり、「ほかは、むなしいもの」であることを「知るようになる」(6節)。
 キュロスは、主なる神の働き手として、主なる神の御心に従ってイスラエルの救いと回復を完全に成し遂げる。「光を造り、闇を創造し/平和をもたらし、災いを創造する者」(7節)である主なる神が、キュロスの前を歩み、全てのことを導いて下さるからである。

(2) 主なる神の絶対的な主権(9~13節)

 自分が「土の器のかけらにすぎない」ことを忘れて高慢になり、「自分の造り主」である主なる神の計画と御業に異議を唱え、主なる神に上から命じようとする人間がいる(9~11節)。
 主なる神は、そのような人間を念頭に置きながら、ご自分が「大地を造り、その上に人間を創造した」者、「自分の手で天を広げ/その万象を指揮するもの」であることを宣言された(12節)。そして、創造主と被造物の本質的な違いを強調し、高慢に振る舞う者に対して警告された。
「粘土」が「陶工」に対して「何をしているのか/あなたの作ったものに取っ手がない」(9節)と、「子供」が自分の「父親」に対して「なぜ子供をもうけるのか」(10節)と言えないように、主なる神はご自分が造られたものに対して完全に主権を持っている。人間はその主権の下で主なる神がなされること、命じることに服従する存在に過ぎない。
 主なる神がキュロスを立ててイスラエルを救い、回復することは、主なる神の主権的なご計画によるものである。そのことは主なる神の正義と恵みによって成就される(13節)。