Five Solas Ministry

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

聖書研究 イザヤ書46章8~13節

聖書研究 イザヤ書46章8~13節(新共同訳 旧約p.1138)

(1) 必ず成る主なる神のご計画(8~10節)

 主なる神は、或る出来事が起こり、展開し、成就する前からそのことを啓示される。主なる神が計画されたこと、望まれることは必ず実現する(10節)。主なる神がそのようにされるのは、この方だけが真の神であることを示すためである(9節)。そして、主なる神に頼る人に預言の成就を確信させるためである。
 だから、神の民は主なる神が語られた言葉を心に留めておかなければならない。不可能に思える状況であっても主なる神の言葉を覚え、それを握って勇気を持たなければならない。「背く者よ、反省せよ/思い起こし、力を出せ。思い起こせ、初めからのことを」(8~9節)と主なる神は言われる。主なる神は、私達が信仰によって確固たる希望を持つことを願って、預言の言葉を下さった。その反面、主なる神の言葉に注意を払わないならば、私達は主なる神に逆らう者になってしまう。

(2) 遅れることなく救いをもたらす主なる神(11~13節)

 主なる神は、既に語られた通り、バビロンを裁いてイスラエルを救うために、人々の予想を超える方法によってご自分の御業をなされる。それはバビロンの「東から」新しい勢力を起こし、それを用いてバビロンを滅ぼすという計画である。東の「猛禽」とは、バビロンを裁く主なる神の道具として立てられた、ペルシアの王キュロスのことである(11節)。主なる神はバビロンで捕囚となっている神の民イスラエルを救って回復するために(13節)、キュロスを選ばれた。
 これらのことは全て主なる神の御心なので必ず成就する。そして、苦しめられているイスラエルに対する愛の故に、主なる神の「恵みの業」は決して遅れることがない(13節)。この時、イスラエルの民は「心のかたくなな者」であり、主なる神の「恵みの業から遠く離れている」状態にあった(12節)。にもかかわらず、主なる神はご自分の正義の故にイスラエルの救いを速やかに成し遂げられる。