Five Solas Ministry

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

聖書研究 イザヤ書49章14~26節

聖書研究 イザヤ書49章14~26節(新共同訳 旧約pp.1143-1144)

(1) 私はあなたを私の手のひらに刻み付ける(14~23節)

 バビロンに敗北したイスラエルが、夫を失い、子供まで奪われた女に喩えられている(15節)。そのような事態になったことについて、イスラエルの民は、主なる神が自分達を見捨て、忘れられたからであると考えた(14節)。「破壊され、廃墟となり、荒れ果てた」(19節)エルサレムの姿に目を向けた時、彼らの考えは正しいかのように見えた。
 しかし、主なる神は彼らの考えを断固として否定された。主なる神は「見よ、わたしはあなたを/わたしの手のひらに刻みつける」(16節)と言われ、「わたしがあなたを忘れることは決してない」(15節)と断言された。
 その上で、そのことに対する証拠として、主なる神はこれから行われることを予めイスラエルに知らされた。主なる神は、エルサレムを「破壊した者」を追い払い(17節)、イスラエルの民が異邦人による守りと誉れを受けながら帰還するようにして下さる(22節)。華やかに着飾った花嫁のようにエルサレムは再び繁栄する(18節)。主なる神は選ばれた民を決して忘れられない。

(2) 私は主、あなたを救い、あなたを贖う(24~26節)

 イスラエルは全てが終わったと思っていた。彼らはバビロンを無敵の「勇士」、恐ろしい「暴君」と考えていた。そのため、バビロンに捕われてしまった以上、最早何も出来ないと絶望に陥った(24節)。
 しかし、主なる神はイスラエルのそのような判断を否定された。「すべて肉なる者は知るようになる/わたしは主、あなたを救い、あなたを贖う/ヤコブの力ある者であることを」(26節)。主なる神は、「捕らわれ人」となっていたイスラエルを「勇士」と「暴君」の手から「取り返」し、「救い出」すと宣言された(25節)。それが可能であるのは、主なる神がバビロンよりも強いからである。
 最強の勇士であり支配者であられる主なる神は、イスラエルの敵であるバビロンを打たれる(26節)。それによってご自分がイスラエルの側にいることを証明される。