Five Solas Ministry

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

聖書研究 イザヤ書54章9~17節

聖書研究 イザヤ書54章9~17節(新共同訳 旧約pp.1151-1152)

(1) 揺らぐことがない平和の契約(9~10節)

 主なる神とイスラエルの関係が敵対の状態から平和の状態に変わる。そして、主なる神は契約という形でそのことを保証し、イスラエルの民に確信を与えようとされた。
 その際、主なる神はイスラエルにノアとの契約を思い起こさせている。かつて主なる神は「再び地上にノアの洪水を起こすことはない」(9節)と誓われた(創世記9章11節)。同様に、たとえ「山が移り、丘が揺らぐこと」があったとしても、「わたしの結ぶ平和の契約は揺らぐことはない」(10節)と主なる神は宣言された。
 主なる神はご自分の民に対して深い慈しみと憐れみを持っておられ、その愛は永遠である(10節)。新約聖書においても使徒パウロがいかなるものも「わたしたちの主キリスト・イエスによって示された神の愛から、わたしたちを引き離すことはできない」(ローマの信徒への手紙8章38~39節)と告白している。

(2) 主の僕らの嗣業(11~17節)

 エルサレムが「苦しめられ、嵐にもてあそばれ、慰める者もない都」(11節)と表現されている。そこには、敵がまた襲って来て、住民の命を奪ったり、都を破壊するのではないかという不安と恐怖が満ちていた。
 それに対し、主なる神はエルサレムを新しく建てると宣言された。「アンチモンを使って/あなたの石を積む。サファイアであなたの基を固め/赤めのうであなたの塔を/エメラルドであなたの門を飾り/地境に沿って美しい石を連ねる」(11~12節)という予告は、エルサレムが以前とは比較にならないほど堅固で華やかに建てられることを示唆している。
 また、イスラエルの民の子孫は「皆、主について教えを受け」、彼らの内には「平和が豊かにある」(13節)。「虐げる者」「破壊する者」「攻め寄せる者」が現れても、主なる神がイスラエルの味方になって下さるので、イスラエルは敵に勝利する(14~15節)。イスラエルを討つために武器を作ったり、「裁きの座」でイスラエルを訴えようとする者は、逆に自分が罪に定められて滅びてしまう(17節)。
 こうして共同体の中に神の義が実現される。これが主の僕に主なる神が与えられる「嗣業」であり、「恵みの業」である(17節)。