Five Solas Ministry

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

聖書研究 イザヤ書55章1~13節

聖書研究 イザヤ書55章1~13節(新共同訳 旧約pp.1152-1153)

(1) 主なる神の招き(1~5節)

 主なる神は「来るがよい」とイスラエルを繰り返し招かれる。ここではバビロンによる彼らの苦しみが激しい渇きと飢えに喩えられている(1節)。主なる神は飢え渇きの中にあるご自分の民を呼ばれる。そこには「銀を持たない者」も飲むことの出来る水があり、「値を払うことなく」得ることの出来る穀物とぶどう酒と乳があるからである(1節)。
 主なる神はイスラエルと「とこしえの契約」を結ばれる(3節)。そして、ご自分の民に「輝きを与え」(5節)、ダビデのようなメシアを「諸国民の指導者、統治者」として立てられる(4節)。彼は主なる神から与えられた栄光と権力をもって諸国の民と国々を導き、治められる。
 この預言と招きはイエス・キリストの到来において成就した(ヨハネによる福音書4章13~14節、6章35節)。また、後に完成する主の統治に対する望みを私達に抱かせる(ヨハネの黙示録22章17節)。

(2) 豊かに赦して下さる主なる神(6~13節)

 主なる神はご自分の民をもう一度招かれる(6節)。そして、ご自分の思いを伝えられる。バビロンによる苦しみは、イスラエルの罪に対する主なる神の懲らしめであった。しかし、イスラエルが主なる神の御心を知り、悪から離れ、主の御名を呼び求めて「立ち帰るならば、主は憐れんで」、「豊かに赦してくださる」(7節)。
 主なる神は慈しみ深い御方である。目の前の現実だけを見て、全てが終わった、回復する可能性はないと簡単に判断してはいけない。何故なら、主なる神の思いは人間の思いを「高く超えている」からである(8~9節)。そして、主なる神の言葉は必ず成就する(11節)。
「茨」が「糸杉」に、「おどろ」が「ミルトス」に変わるように(13節)、イスラエルは奇蹟のように回復する。彼らは「喜び祝いながら出で立ち/平和のうちに導かれて行く」(12節)。この出来事は「主に対する記念となり、しるしとな」り、「とこしえに消し去られることがない」(13節)。