Five Solas Ministry

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

聖書研究 イザヤ書57章11~21節

聖書研究 イザヤ書57章11~21節(新共同訳 旧約pp.1155-1156)

(1) 風に吹き飛ばされる偶像(11~13節)

 主なる神は、イスラエルの民が悪を行う姿を見て、警告し続けた。しかし、彼らは罪によって無感覚になり、主なる神の言葉を「心に留めず/心にかけることもしなかった」(11節)。そして、主なる神が「とこしえに沈黙していると思って」、主なる神を「畏れ」なくなり(11節)、様々な偶像礼拝に陥っていった。
 しかし、イスラエルの民が自分達で造り、拝んでいた「偶像の一群」は、実際には「何の役にも立たない」無力な存在に過ぎなかった(12節)。主なる神は彼らを裁くために、偶像の空しさ、そしてご自分が生きて働いておられることを現そうとされた。
 主なる神の御前に真実でない者は皆滅んでしまう。しかし、主なる神に「身を寄せる者」は、地を受け継ぎ、「聖なる山を継ぐ」ことが出来る(13節)。

(2) 謙る者の祝福(14~21節)

 主なる神は「高く、あがめられて、永遠にいまし/その名を聖と唱えられる方」(15節)である。この方は人間を超越した「高く、聖なる所に住」んでおられる(15節)。
 一方、主なる神は、低い所にいる人、即ち「へりくだる霊の人」、「打ち砕かれた心の人」と「共にあり」、彼らの嘆きをすぐ傍で聞かれる。主なる神は、謙遜な人、罪を悔い改める人を捨て置かれず、彼らに「命を得させる」(15節)。また、「民のうちの嘆く人々」(18節)を「いや」し、彼らの傷ついた心に「平和」をお与えになる(19節)。その反面、「神に逆らう者」は「巻き上がる海のよう」に安定感がなく(20節)、「平和はない」まま生きることになる(21節)。
 主なる神は「唇の実りを創造し、与え」(19節)る者として、宣言したことを必ず実行される。