Five Solas Ministry

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

聖書研究 イザヤ書60章1~9節

聖書研究 イザヤ書60章1~9節(新共同訳 旧約pp.1159-1160)

(1) 主なる神の臨在と回復(1~3節)

 エルサレムの回復が象徴的に描かれている。エルサレムは一時期暗闇の中にあった。しかし、主なる神が臨在されると、「主の栄光」がエルサレムに満ちるようになる(1~2節)。「闇は地を覆い/暗黒が国々を包んでいる」(2節)が、バビロンによる圧制と罪の束縛、裁きの苦痛を意味するとしたら、「あなたを照らす光は昇り/主の栄光はあなたの上に輝く」(1節)は、主なる神による解放と救い、祝福を意味する。そして、エルサレムを照らす主なる神の光に向かって、世界中の国々とその王がやって来る(3節)。
 エルサレムの回復は未来のことであるが、明白な事実である。それ故、預言者は「起きよ、光を放て」(1節)と促している。主なる神の臨在は、暗闇を振り払い、絶望の中で座り込んでいる人を起き上がらせる。

(2) 栄光の帰還(4~9節)

 捕囚として連れて行かれたイスラエルの民が四方からエルサレムに帰還する(4節)。彼らが戻って来る光景を見た時、エルサレムは「畏れつつも喜びに輝き/おののきつつも心は晴れやかに」(5節)なり、胸を大きく膨らませる。
 また、これまで異邦の強大国に貢物を献げてきたイスラエルは、これからは「国々の富」を受けるようになる(5節)。南方からは「ミディアンとエファ」の隊商を乗せた「らくだの大群」が押し寄せてくる。「シェバの人々」が「黄金と乳香を携えて来る」(6節)。「ケダル」や「ネバヨト」の人々が「羊の群れ」を献上し、それらは主なる神の「祭壇にささげられ」る(7節)。
 一方、北方からは「タルシシュの船」が地中海の「島々」から「金銀」を携えてやって来る(9節)。何隻もの船が遠方からエルサレムに向かう様子は「雲にように飛び、巣に帰る鳩のように速い」(8節)と表現されている。また、タルシシュの船は金銀と共に離散したイスラエルの民を「遠くから運んで来る」(9節)。
 主なる神はご自身の「御名のため」に、イスラエルにこのような「輝きを与える」(9節)。