Five Solas Ministry

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

聖書研究 イザヤ書60章10~22節

聖書研究 イザヤ書60章10~22節(新共同訳 旧約pp.1160-1161)

(1) 主の都の回復(10~14節)

 エルサレムの城壁と神殿の回復についての描写は(10節、13節)、ゼルバベルとネヘミヤを通して神殿と城壁が再建されることを暗示している(エズラ記3章8節、ネヘミヤ記6章15節)。
 その上で、エルサレムに対して「主の都、イスラエルの聖なる神のシオン」(14節)であるという点が強調されている。「異邦の人々」(10節)は、エルサレムにひれ伏し(14節)、富や良い木材を献上したり(11節、13節)、城壁や神殿の再建のための労働力を提供する(10節)。エルサレムに敵対する国は必ず滅びることになる(12節)。
 こうしてエルサレムに敵対する者はいなくなるので、「昼も夜も」「城門は常に開かれて」いる(11節)。即ち、エルサレムは平和で豊かな都になる。
 主なる神が恵みを施して下さる時、このように救いが実現する。

(2) 主なる神の平和と栄光(15~22節)

「捨てられ、憎まれ/通り過ぎる者もなかった」(15節)エルサレムの回復は、主なる神が救い主、「贖う者」であることを示している(16節)。
 そして、新しいエルサレムでは、「平和」、「恵みの業」、「救い」、「栄誉」など、あらゆる良いことで満ちた状態が永遠に続く(15節、17~18節)。主なる神の臨在と栄光がこの都にいつもあるからである(19~20節)。
 神が「主なるわたしは、時が来れば速やかに行う」(22節)と言われたように、この預言はペルシア王キュロスの勅令によって一部成就した。
 その一方で、完全な成就はイエス・キリストを通してなされる。ヨハネの黙示録21章9~27節に描写されている新しいエルサレムの姿は、ここで語られているエルサレムの姿と類似している。
 イエス・キリストによって救われ、「主に従う者」、「とこしえに地を継」ぐ者とされた人々は(21節)、「栄光と誉れとを携えて」(ヨハネの黙示録21章26節)新しいエルサレムに入ることが出来る。