Five Solas Ministry

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

聖書研究 イザヤ書61章1~11節

聖書研究 イザヤ書61章1~11節(新共同訳 旧約pp.1162-1163)

(1) 主なる神が恵みをお与えになる年、報復される日(1~3節)

 真の救いは、肉的なバビロンだけでなく、霊的なバビロンからも解放されることである。即ち、罪の縛りから解放され、主なる神が喜ばれる義なる生き方をするようになることである。しかし、それは罪の虜となっている人間が自分の力で出来ることではない。
 真の救いは、主なる神が「油を注ぎ」、「主なる神の霊」が降った僕を通してもたらされる。主の僕は、「貧しい人に良い知らせを伝え」、「打ち砕かれた心を包み/捕らわれ人には自由を/つながれている人には解放を告知」する(1節)。
 この僕こそイエス・キリストである(ルカによる福音書4章18~19節)。主なる神はイエス・キリスト聖霊を注がれ(同3章22節)、イエス・キリストは救いと裁き、「恵み」と「報復」の福音を宣べ伝えられた(2節)。
 福音を受け入れる者は、病や悪霊、罪から解放される。イエス・キリストは「嘆いている人々を慰め」(2節)られ、「灰に代えて冠をかぶらせ/嘆きに代えて喜びの香油を/暗い心に代えて賛美の衣をまとわせ」て下さる。その人は「正義の樫の木」となって主なる神の栄光を現す(3節)。

(2) 新しいイスラエルの栄光(4~11節)

 新しいイスラエルに対する主なる神の御心は、彼らを通して主なる神の祝福、そして主なる神への讃美が「諸国の民」に広がることである(9節)。
 主なる神はその御心を成し遂げるために、イスラエルの中から「正義の樫の木と呼ばれる」(4節)人々をまず起こされる。彼らはイスラエルを再建し(4節)、新しいイスラエルは「神に仕える者とされ」(6節)る。そして、そのようなイスラエルに「他国の人々」「異邦の人々」が仕えるようになり(5節)、彼らは「国々の富を享受」(6節)する。また、新しいイスラエルは、「恥」と「嘲り」の代わりに2倍の報いと「永遠の喜びを受ける」(7節)。
 こうして、新しいイスラエルは「主の祭司と呼ばれ」(6節)、主なる神がイスラエルを建てられる時に意図された「祭司の王国、聖なる国民」(出エジプト記19章6節)としての名声と使命を回復する。
 主なる神は、イスラエルの悪しき姿を癒し、正義を回復し、「とこしえの契約を彼らと結」(8節)ばれる。そして、新しいイスラエルに「救いの衣」と「恵みの晴れ着」を着せられる(10節)。その時イスラエルは、「輝きの冠をかぶ」った「花婿」や「宝石で飾」った「花嫁」のように、主にあって大いに「喜び楽し」む(10節)。