Five Solas Ministry

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

聖書研究 イザヤ書65章13~25節

聖書研究 イザヤ書65章13~25節(新共同訳 旧約pp.1168-1169)

(1) 主の僕に与えられる祝福(13~16節)

 福音は逆転である。高ぶった心は傷を受け、砕かれた心は慰めを受ける。福音の逆転は、イスラエルの民がバビロン捕囚期の苦難から戻って来た時に起こり始め、イエス・キリストが再び来られる時に完成する。主なる神が介入される度にその逆転が起こる。
 この時、主の僕は「心の喜びに声をあげ」、「喜び歌う」。しかし、生き方の変化と心の変化なしに偶像に祝福を祈り、霊的に高ぶっていた人々は、飢えと渇き、「恥」と「心の痛み」によって「魂を砕かれて泣き叫ぶ」(13~14節)。また、主の僕は「異なる名で呼ばれる」ようになり、主なる神との新しい関係に入るが、高ぶる人々の名は呪いの対象となる(15節)。
 私達はただ主なる神だけに祝福を求め、主なる神だけに誓わなければならない。主は祝福の源であり、変わることのない「真実の神」だからである(16節)。

(2) 新しい天と新しい地(17~25節)

 主なる神が行われる新しい御業は「新しい天と新しい地」の創造である(17節、ヨハネの黙示録21章1節)。
 主なる神の新しい創造の中心にエルサレムがある(18節)。そのエルサレムは主なる神が喜びとする「新しいエルサレム」(ヨハネの黙示録21章2節)である(18節)。
 新しいエルサレムでは「泣く声、叫ぶ声」を最早聞くことはない(19節)。その民は死を恐れる必要がなく、命を楽しむことが出来る(20節)。また、彼らは働いた代価を必ず与えられ、それを存分に味わうことが出来る(21~23節)。そして、何よりも彼らは、「その子孫と共に/主に祝福された者の一族」(23節)となり、主なる神と全き交わりを持つことが出来る(24節)。
 堕落によってもたらされた主なる神と人間、人間と人間、人間と自然、自然と自然の間の敵対した関係が平和の関係へと回復される(25節)。これがイエス・キリストによって救われた者が民とされる神の国の完成した姿である。