Five Solas Ministry

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

聖書研究 詩編88編1~19節

聖書研究 詩編88編1~19節(新共同訳 旧約pp.924-926)

(1) 私の声に耳を傾けて下さい(1~10節)

 この詩の著者は、「苦難を味わい尽くし」、「命」が「陰府にのぞんでい」る中で(4節)、「わたしの声に耳を傾けてください」(3節)と主なる神に「助けを求めて叫」(2節)んだ。彼は、まるで「穴に下る者」、「力を失った者」、「汚れた者」、「死人」、「墓に横たわる者」のようであった(5~6節)。
 この詩の著者は、主なる神が自分を「地の底の穴」、「影に閉ざされた所、暗闇の地」に「置かれ」たと告白している(7節)。主なる神の憤りが彼に下ったのである(8節)。しかも、「親しい者」が皆彼から遠ざかって行った(9節)。
 試みと苦難の中で、この詩の著者は「昼は、助けを求めて叫び/夜も」主なる神の「御前に」出て訴えた(2節)。彼は主なる神だけが絶対的な救い主であることを信じていた。
 キリスト者も霊的停滞と苦難の時を経験する。霊的停滞と苦難が訪れたら、主なる神の御前に出て、切に祈り求めよう。苦難の時を通過する力は、主なる神との交わりを通して与えられる。

(2) 何故御顔を隠しておられるのですか(11~19節)

 この詩の著者は、自分の状況を「墓の中で」(12節)横たわっている「死者」(11節)の姿と比べている。彼は、主なる神が「慈しみ」と「まこと」を示して下さることを願ったが(12節)、現実は「闇の中」、「忘却の地」にいるかのようにであった(13節)。
 このことのために、彼は「朝ごとに」主なる神の「御前に向かい」、信仰によって主なる神に祈った(14節)。しかし、状況が変わらない中で、彼は、主なる神が彼の「魂を突き放し」、「御顔」を「隠しておられる」ように感じた(15節)。また、主なる神の「憤り」(17節)が「大水のように/絶え間なく」彼の「周りに渦巻」いていると感じた(18節)。
 私達も苦難が続く時、主なる神に見捨てられたように感じることがある。しかし、そのような中で十字架の苦しみを耐え忍ばれたイエス・キリストを想い起こそう。主なる神への信仰を捨ててはいけない。