Five Solas Ministry

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

聖書研究 使徒言行録2章22~36節

聖書研究 使徒言行録2章22~36節(新共同訳 新約pp.215-216)

(1) 福音の核心(22~24節)

 ペトロは、イエス・キリストの公生涯の働き(22節)、十字架(23節)、復活について語り(24節)、「イスラエルの人たち」(22節)に福音の核心を伝えた。そして、聴衆にイエス・キリストの福音を受け入れるよう促した。
「神は、イエスを通して」「奇跡と、不思議な業と、しるし」を行うことによって、この方が「神から遣わされた方」であることを「証明」された(22節)。そして、イエス・キリストの十字架は主なる神が「お定めになった計画」であった。
 主なる神はそのご計画をなすために人間の邪悪さを用いられた。イスラエルの民は「律法を知らない者たちの手を借りて」、イエス・キリストを「十字架につけて殺してしまった」(23節)。主なる神の救いの計画の中でも人間の邪悪さはなくならない。
 しかし、人間の邪悪さの故に主なる神のご計画が変わることもない。「神はこのイエスを死の苦しみから解放して、復活させられ」(24節)た。

(2) ダビデが見たイエス・キリスト(25~36節)

 ペトロは、詩編16編8~11節と110編1節に出てくるダビデの預言に言及し(25~28節、34~35節)、それを土台として、イエス・キリストの死と復活が持つ福音の核心を宣べ伝えた。ダビデは、信仰をもってイエス・キリストを「わたしの主」(34節)と告白し、後に成就される「命に至る道」(28節)について、まるで実際に体験したかのように語った。
 また、ペトロは、イエス・キリストが「神の右に上げられ、約束された聖霊を御父から受けて注いでくださ」(33節)ったことによって、新しい時代が始まったことを宣言している。その上で、イスラエルの民に「あなたがたが十字架につけて殺したイエスを、神は主とし、またメシアとなさったのです」(36節)と語り、彼らに悔い改めと信仰を促した。
 ペトロは「無学な普通の人」(4章13節)で、イエス・キリストに対する無理解を示したこともあった(マルコによる福音書8章32~33節)。しかし、聖霊に満たされて、彼はイエス・キリストの死と復活の意味をはっきりと理解し、それを証しする者へと変えられた。