Five Solas Ministry

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

William Barclay The Acts of the Apostles

William Barclay The Acts of the Apostles
【関心・疑問】

【論文名】
主キリスト(二・二二-三六)

【著者名】
William Barclay (鳥羽 徳子訳)

【書名・(巻・号)・出版社・出版年・(版)】
The Acts of the Apostles, The Daily Study Bible, Philadelphia: Westminster Press, 1955, 2nd ed. (『使徒行伝』聖書註解シリーズ; 7, 東京: ヨルダン社, 1968年)

【本文の構成】

【内容の要約(ページ数)】

【引用したい文章(ページ数)】
 (一) 十字架は偶然に起こったのではなく、神の定められた計画と予知とによるものであった(二三)。十字架が神の永遠の計画のもとにあったことは、使徒行伝が何度も述べている(三・一八、四・二八、一三・二九参照)。(邦訳pp.32-33)

 (2) イエスがなされたことによって、神が人間に対する態度を一変させたと考えてはならない。イエスを怒れる神、妬みの神と対照的に、やさしい愛の神にしてしまってはならない。イエスがつかわされたのは「神によって」である。イエスをこの世に送られる計画を立てた方は、神である。十字架は、たえず、神のみ心に秘められた苦しみの愛を、この世にいるわたしたちに見せるために開かれた窓であった、といいかえることができる。(邦訳p.33)

【コメント】
 バークレーによれば、主なる神は永遠の昔からイエス・キリストが世に送ることを計画しておられた。イエス・キリストが成し遂げられた御業のために、主なる神は人間に対する態度を変えて、私達を救われたのではない。私達への愛の故に救いを計画し、実行されたのである。十字架の出来事は決して偶然起こったことではない。バークレーは主なる神の御心の中に秘められた愛を、主なる神が「この世にいるわたしたちに見せるために開かれた窓」と表現している。