Five Solas Ministry

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

聖書研究 使徒言行録3章17~26節

聖書研究 使徒言行録3章17~26節(新共同訳 新約pp.218-219)

(1) 悔い改めて立ち帰りなさい(17~21節)

 ユダヤ人がイエス・キリストに逆らい、十字架につけたのは「無知のためであった」(17節)。にもかかわらず、主なる神は、そのことを通して「すべての預言者の口を通して予告しておられたメシアの苦しみ」(18節)を「実現なさった」(18節)。十字架で死なれたイエス・キリストの従順と忍耐が、私達に永遠の救いを与えて下さった。
 旧約の預言を成就したイエス・キリストの十字架と復活に対して、私達が示すべき反応は、「自分の罪が消し去られるように、悔い改めて立ち帰」(19節)ることである。そうするなら、主なる神が再び「メシアであるイエスを遣わしてくださる」(20節)時、即ち「神が聖なる預言者たちの口を通して昔から語られた、万物が新しくなる」(21節)時が、裁きの時ではなく「慰めの時」(20節)となる。

(2) 預言の核心――イエス・キリスト(22~26節)

 ペトロは、イエス・キリストがどのような方として預言され、立てられたかを民衆に語った。
 イスラエルの民の偉大な指導者モーセは「あなたがたの神である主は、あなたがたの同胞の中から、わたしのような預言者をあなたがたのために立てられる」(22節)と預言したが(申命記18章15~16節)、それはイエス・キリストのことであるとペトロは説いた。その上で、ペトロは「彼が語りかけることには、何でも聞き従え。この預言者に耳を傾けない者は皆、民の中から滅ぼし絶やされる」(23節)というモーセの言葉を引用し(申命記18章19節、レビ記23章29節)、イエス・キリストの言葉に従うことを強調した。
「サムエルをはじめ」とする預言者も皆、「今の時」、即ちイエス・キリストの時について「告げてい」る(24節)。そして、主なる神がイスラエルの父祖アブラハムにされた「地上のすべての民族は、あなたから生まれる者によって祝福を受ける」(25節)という約束は(創世記22章18節、26章4節)、イエス・キリストによって成就された。
 主なる神は、「預言者の子孫」、「契約の子」(25節)であるイスラエルの民を「悪から離れさせ、その祝福にあずからせるため」に、イエス・キリストを彼らのもとに遣わされた(26節)。
 このように旧約の預言は全てイエス・キリストを通して成就した。