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主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

Jean Calvin Commentarius in Epistolam Pauli ad Romanos

Jean Calvin Commentarius in Epistolam Pauli ad Romanos
【関心・疑問】

【論文名】

【著者名】
Jean Calvin (渡辺 信夫訳)

【書名・(巻・号)・出版社・出版年・(版)】
Commentarius in Epistolam Pauli ad Romanos, Guilielmus Baum, Eduardus Cunitz, Eduardus Reuss (eds.), Ioannis Calvini Opera Quae Supersunt Omnia; 49, Corpus Reformatorum; 77, Brunsvigae: C.A. Schwetschke, 1892
(『ローマ書』カルヴァン新約聖書註解; 7, 東京: 新教出版社, 1959年)

【本文の構成】

【内容の要約(ページ数)】

【引用したい文章(ページ数)】
なぜなら、神によらない権力はなく

 われわれが主長に臣従しなければならない理由は、彼らが神の定めによって立てられたところにある。世界をこのように治めることが主の御むねにかなうことであるならば、すべて権力をあなどり、これに反抗するものは、神の定めをくつがえそうとし、さらに、神そのものに対してまで逆らうのである。(Comm. Rom. 13:1; CR.77, p.249; 邦訳p.348)

4 なぜなら、君主は……神のしもべだからである

 主長たちは、ここから、自分たちの召命がいかなるものであるかを弁えることができるであろう。すなわち、彼らが支配をするのは、自分自身のためではなく・公共の福祉と利益とのためであり、また、かれらは永続的な権力を受けたのではなくて、それらは人民の利益のために約束されているのである。要するに、かれらは上の位につくことによって、神に対しても・人々に対しても負い目を持っているのである。(Comm. Rom. 13:4; CR.77, p.251; 邦訳p.350)

【コメント】
 カルヴァンは、使徒パウロが為政者による現世の秩序の維持を承認しているのを受けて、為政者の存在の正当性を強調した。その一方で、カルヴァンによれば、為政者は「神のしもべ」として「自分たちの召命がいかなるものであるかを弁え」なければならなかった。彼らは「神に対しても・人々に対しても」責任を負っており、その支配は「自分自身のためではなく・公共の福祉と利益とのため」であった。(Comm. Rom. 13:1, 4; CR.77, p.249, 251; 邦訳p.348, 350)