Five Solas Ministry

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

聖書研究 使徒言行録4章23~35節

聖書研究 使徒言行録4章23~35節(新共同訳 新約p.220)

(1) 信者達の祈り(23~31節)

 ペトロとヨハネが「釈放され」、「祭司長たちや長老たちの言ったこと」を「仲間」に「残らず話」すと(23節)、「これを聞いた人たちは心を一つにし、神に向かって」(24節)祈りを献げた。
 そこで彼らは詩編2編1~2節にあるダビデの讃美を分かち合った。「異邦人」、「諸国の民」(25節)、「地上の王たち」、「指導者たち」は、決して「主とそのメシア」に勝てないことをはっきりと体験したからである(26節)。事実、「ヘロデとポンティオ・ピラト」は主なる神が「油を注がれた聖なる僕イエス」に逆らったが(27節)、そのことによって主なる神が「実現するようにと御手と御心によってあらかじめ定められていたこと」が成就した。
 主なる神に逆らって勝利した人はいない。歴史は主なる神が定められた御心の通りになる。だからこそ、使徒達をはじめ、初代教会のキリスト者は「主よ、今こそ彼らの脅しに目を留め、あなたの僕たちが、思い切って大胆に御言葉を語ることができるようにしてください。どうか、御手を伸ばし聖なる僕イエスの名によって、病気がいやされ、しるしと不思議な業が行われるようにしてください」(29~30節)と主なる神に依り頼み、切に祈り求めた。
 すると、彼らは「聖霊に満たされて、大胆に神の言葉を語りだした」(31節)。困難の中でも祈りと讃美によって進む人々には聖霊の力が与えられる。

(2) 持ち物を共有する(32~35節)

 聖霊の働きによってイエス・キリストを「信じた人々」は、「心も思いも一つにし」、「すべてを共有し」、「持ち物を自分のものだと言う」こともなかった(32節)。その結果、「信者の中には、一人も貧しい者がいなかった」(34節)。
 勿論、そのような生活は誰かが強要したものではない。「土地や家を持っている人が皆、それを売っては代金を持ち寄り、使徒たちの足もとに置き、その金は必要に応じて、おのおのに分配された」(34~35節)ことも、あくまでも《自発的》な行為であった。そのことは、この後財産を持ってきたアナニアに対し、ペトロが「売らないでおけば、あなたのものだったし、また、売っても、その代金は自分の思いどおりになったのではないか」(5章4節)と述べていることからも明らかである。使徒達は財産を強制的に没収したわけではない。互いを顧みる愛の行為は聖霊の満たしの結果であった(31節)。
 また、聖霊の働きは大胆に福音を宣べ伝えることにも現れた。彼らは主なる神の御心のうちに集まり、聖霊の「大いなる力をもって主イエスの復活を証し」(33節)した。
 このように初代教会には主なる神の恵みが満ち溢れていた。