Five Solas

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

Chesterton, The Everlasting Man (別宮訳『人間と永遠』pp.363-364)

G. K. Chesterton, The Everlasting Man, London: Hodder and Stoughton, 1925

(別宮 貞徳訳『人間と永遠』G. K. チェスタトン著作集; 2, 東京: 春秋社, 1973年, pp.363-364)

「『天と地は過ぎ去るであろう。しかし、私のことばは、過ぎ去ることがない。』古代の文明は、それがそのまま世界というものだった。人びとは、昼間に終りがあると思わないように、それにも終りがあるとは思わなかった。彼らは、別の世界に属するものならいざ知らず、この世界に別の秩序など想像できなかった。しかし、その世界の文明は過ぎ去り、あのことばは過ぎ去らなかった。暗黒時代の長い夜の間、封建制はすっかり身にしみついて、誰も自分に主君がいないことなど想像もできなかった。宗教もその網の目に織りこまれていたので、二つの間が裂かれることなど、誰にも信じられなかった。封建制はばらばらに裂け、ほんとうの中世の庶民生活の中で、腐り果ててしまった。そして、その新しい自由の中にひそむ、一番最初の、一番新鮮な力は、ほかならぬ古い宗教だった。封建制は過ぎ去り、あのことばは過ぎ去らなかった。多くの点で人間にとって完全な広大無辺とも言える家であった中世の全秩序が、今度は次第に衰えて行く番になった。そして、今度こそ、あのことばも死んでしまうだろうと思われた。しかし、それはルネサンスの皓々たる淵をわたり、五十年のうちに、そのすべての光と知識を活用して、新しい宗教の土台、新しい護教論、新しい聖人をつくり出していた。理性の時代の乾いた光の中で、とうとうしおれてしまったかとも思われた。革命の時代の地震に、ついに姿を消したかとも思われた。科学的説明にあっさり片づけられたようにも思えた。が、相変らずそこにいた。歴史が過去のそれを掘り起こした。と、突然、将来にそれは姿を現わした。今日、それは再びわれわれの進む道に立っている。そして、みるみるうちに、それは大きくなって行く」