Five Solas

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

聖書研究 使徒言行録7章1~16節

聖書研究 使徒言行録7章1~16節(新共同訳 新約pp.224-225)

(1) アブラハムと契約を結ばれた主なる神(1~8節)

 ステファノは、自分に対する告発が不当であることを抗弁する代わりに、主なる神の救いの御業が契約と信仰によって成就されてきたことを語った。
 まずステファノは、主なる神がアブラハムを主権的に選んで契約を結ばれたこと、アブラハムがこれに信仰で応えイスラエルの父祖となったことを明らかにする(2~5節、8節)。そして、真の信仰を失ったユダヤ人の不信仰を責めている。
 アブラハムは主なる神をはっきりと見上げて生きた。主なる神を見上げる人は、どこに行くかを知らなくても、主なる神だけを信じて進むことが出来る。ステファノも主なる神を見上げたので、敵の脅かしの前でも堂々とした態度を失うことがなかった。

(2) ヨセフを通してなされた主なる神の救い(9~16節)

 主なる神は、苦難の中から契約の民を救い出し、アブラハムに語られた預言を成就された(創世記15章13節)。
 主なる神はまずヨセフを「あらゆる苦難から助け出し」(10節)、彼を通して多くの人々を「大きな苦難」(11節)の中から救い出された。その中でもイスラエルの民の祖先であるヤコブの家族を救い出された(11~14節)。
 ステファノがヨセフの話を持ち出したのは、ヨセフが人類の救い主イエス・キリストの雛形だからである。ヨセフが「エジプトとカナンの全土」に「起こ」った「飢饉」から人々を救い出したのは(11節)、その後イエス・キリストが罪と死から人間を救い出すことの予表である。また、ヤコブとその子らがエジプトで死んだにもかかわらず(15節)、「シケム」に葬られたのは(16節)、主なる神の契約が続いていることを示している。
 このような主なる神の熱心が私達の人生にも現れる。