Five Solas Ministry

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

聖書研究 使徒言行録8章26~40節

聖書研究 使徒言行録8章26~40節(新共同訳 新約pp.228-229)

(1) 読んでいることがお分かりになりますか(26~31節)

 フィリポが「エチオピアの女王カンダケの高官で、女王の全財産の管理をしていたエチオピア人の宦官」(27節)に福音を宣べ伝えたことは、福音がサマリアだけでなく異邦にまで伝えられたことを意味する。
 この働きの主導権も聖霊にあった。主の天使はフィリポに「ここをたって南に向かい、エルサレムからガザへ下る道に行け」(26節)と命じた。また、エチオピアの宦官が「馬車に乗って」エチオピアに「帰る途中」(28節)、聖霊はフィリポに「追いかけて、あの馬車と一緒に行け」(29節)と命じた。
 エチオピアの宦官は主なる神を畏れる異邦人であった。彼は、遠い道程をものともせず、「エルサレムに礼拝に来」(27節)た。また、帰りの馬車では「預言者イザヤの書を朗読し」(30節)た。
 しかし、エチオピアの宦官にはイザヤの預言の意味が分からなかった。「読んでいることがお分かりになりますか」(30節)とフィリポが尋ねると、彼は「手引きしてくれる人がなければ、どうして分かりましょう」(31節)と答えた。
 主なる神の言葉を私達に悟らせて下さる方は聖霊である。だから、主なる神の言葉の前に立つ時には、謙って聖霊の導きを求める必要がある。そうする時、主なる神の言葉の中に深く浸ることが出来る。

(2) フィリポを導かれた聖霊(32~40節)

 エチオピアの宦官はイエス・キリストの苦難を預言したイザヤ書53章7~8節を読んでいた(32~33節)。彼はイザヤが「だれについてこう言っている」のか知らなかったので、フィリポに尋ねた(34節)。
 それに対し、復活のイエス・キリストが2人の弟子に「モーセとすべての預言者から始めて、聖書全体にわたり、御自分について書かれていることを説明された」(ルカによる福音書24章27節)ように、フィリポは「口を開き、聖書のこの個所から説きおこして、イエスについて福音を告げ知らせた」(35節)。フィリポは、エチオピアの宦官にイエス・キリストを伝えながら、聖霊が何故自分を彼の所に導かれたかをはっきりと悟ったに違いない。
 そして、エチオピアの宦官がイエス・キリストを受け入れ、バプテスマを受けると(38節)、聖霊はすぐにフィリポを「連れ去」(39節)り、他の場所へと導かれた(40節)。フィリポは、聖霊の導きによって「すべての町を巡りながら福音を告げ知らせ、カイサリアまで行った」(40節)。
 聖霊イエス・キリストを受け入れるべき人々の所にキリスト者を導かれる。聖霊の導きに従って忠実に福音を宣べ伝えよう。