Five Solas Ministry

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

聖書研究 使徒言行録9章23~31節

聖書研究 使徒言行録9章23~31節(新共同訳 新約p.231)

(1) サウロ、命を狙う者たちの手から逃れる(23~25節)

 ユダヤ人はサウロの〈背教〉に対して非常に怒った。彼らは、サウロが何故そのように突然変わったのか、きちんと聞こうともせず、自分達が信じる教えに背いたという理由で「サウロを殺そうとたくらんだ」(23節)。そして、裏切り者のサウロを「殺そうと、昼も夜も町の門で見張」(24節)る労苦をも厭わなかった。
 しかし、主なる神が「この陰謀」を教えて下さったおかげで(24節)、サウロは「弟子たち」の助けを受け、「夜の間に」「籠に乗」って町を抜け出すことが出来た(25節)。
 私達には自己中心的に考え、先入観で人や物事を判断してしまうことがある。特に、このような傾向が霊的な面で現れると、「自分の目の中の丸太に気づかない」(ルカによる福音書6章41節)ということになり、本当に危険である。偏見や独善の罠に陥らないよう、私達はいつも主なる神の言葉の上にしっかりと立たなければならない。

(2) サウロ、エルサレム使徒達と会う(26~31節)

 ダマスコを脱出したサウロは、「エルサレムに着き、弟子の仲間に加わろう」(26節)と願った。しかし、エルサレムキリスト者は、サウロがイエス・キリストの弟子になったことを信じなかった(26節)。自分達を「引き出して牢に送」(8章3節)るために、キリスト者を偽装していると思ったからである。
 この時、サウロを弁護したのがバルナバである。バルナバは「サウロが旅の途中で主と出会い、主に語りかけられ、ダマスコでイエスの名によって大胆に宣教した」(27節)事実を使徒達に説明した。バルナバの仲裁と助けにより、サウロはエルサレムにいる弟子達と交わることが出来るようになった(28節)。
 信仰の共同体にはバルナバのように仲裁と助力に卓越した人が必要である。そのような人は、目立たないかも知れないが、共同体に平和と一致をもたらす。私達も互いにバルナバのようになるならば、他の人を立て上げることが出来る。