Five Solas Ministry

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

Rousas John Rushdoony The Institutes of Biblical Law III. 5

Rousas John Rushdoony The Institutes of Biblical Law III. 5
【関心・疑問】

【論文名】
III. The Third Commandment

【著者名】
Rousas John Rushdoony

【書名・(巻・号)・出版社・出版年・(版)】
The Institutes of Biblical Law: A Chalcedon Study, Nutley, N.J.: Craig Press, 1973, pp.101-127

【本文の構成】
1. The Negativism of the Law
2. Swearing and Revolution
3. The Oath and Society
4. Swearing and Worship
5. The Oath and Authority
6. The Name of God

【内容の要約(ページ数)】

【引用したい文章(ページ数)】
 キリストの言葉はこのように革命的な抵抗に対する警告であった。キリストの警告は、ローマの信徒への手紙13章1~2節でパウロによって、正当に立てられている(duly constituted)権威に対する抵抗は神の布告(ordinance)に対する抵抗であるという警告をもって繰り返された。同時に私達は、当局者によって宣教する(preach)ことを禁じられた時に、「ペトロと他の使徒達」が「人間に従うよりも、神に従わなくてはなりません」(使徒言行録5章29節)と宣言した(declared)ことに注意しなければならない(must note)。(p.121)

 これらの立場(positions)の間に相違(discrepancy)はない。正当に立てられている権威に敬意を払うこと(Respect)は、宗教的な義務としても、実際上の方策(practical policy)としても要求されている。世界は不従順(disobedience)や無秩序(anarchy)によってより良くなることはない。邪な人間が良い社会を生み出すことは出来ないからである。社会を新しくすること(social renewal)の鍵は個人の再生(individual regeneration)である。両親、夫、主人(masters)、統治者(rulers)、牧師といった全ての権威は、[彼らが]まず神に従っていることをいつも条件として(always subject to the prior obedience)、従われなければならない。全ての服従は神の下にある。何故ならそれは神の言葉によって求められていることだからである。それ故、第一に、契約の民は、濫りに(in vain)主の御名を口にすることなしには、正当な(due)権威を侵す(violate)ことは出来ない。いかなるレベルの不服従も神に対する不服従と見なされる(constitutes)。第二に、そういうわけで、親を殴る(strike)こと、警官や正当な権威を襲う(assault)ことは、神の権威を攻撃すること、権威に対する攻撃(aggression)のために自衛の権威を用いることである。第三に、両親を呪う(curse)ことは、神の中心的な権威である両親、神の中心的な機関である家族に対する反抗(rebellion)の側に神を置こうとすることである。殺人において、人は一人ないし複数の個人の命を襲撃し、力づくで奪っている(takes)。権威に対する手段を選ばないあらゆる攻撃(every anarchistic assault)において、襲撃者(assailant)は社会全体の命、そして他ならぬ(very)神の権威を攻撃している。(pp.121-122)

【コメント】