Five Solas Ministry

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

聖書研究 使徒言行録10章17~33節

聖書研究 使徒言行録10章17~33節(新共同訳 新約pp.232-233)

(1) ためらわないで一緒に出発しなさい(17~23節)

 ペトロが幻を見たのは、「コルネリウスから差し向けられた人々が、シモンの家を探し当て」(17節)た頃であった。
 もし主なる神がペトロに幻をお見せにならなかったら、彼はどのように行動しただろうか。恐らくコルネリウスが送った人々を相手にもしなかっただろう。いかにコルネリウスが「正しい人で神を畏れ、すべてのユダヤ人に評判の良い人」(22節)であっても、異邦人であるが故にペトロは会うことを拒んだだろう。ましてや、「その人たちを迎え入れ、泊まらせ」(23節)るようなことはしなかっただろう。主なる神は、不思議な幻を見せることによって、ペトロに心の準備をさせた。
 また、聖霊が「三人の者があなたを探しに来ている。立って下に行き、ためらわないで一緒に出発しなさい。わたしがあの者たちをよこしたのだ」(19~20節)とはっきりと告げられたので、ペトロの心の葛藤はなくなった。主なる神は私達を召される時、まず私達の心を準備される。そして、どれほど難しい命令でも自発的に従えるように導いて下さる。

(2) ペトロとコルネリウスの出会い(24~33節)

 コルネリウスとペトロの間には越え難い壁があった。コルネリウスユダヤ人を支配するローマ帝国の軍人だったので、殊更にユダヤ人に会う理由はなかった。一方、ペトロはユダヤ人だったので、「外国人と交際したり、外国人を訪問したりすること」(28節)を避けてきた。
 しかし、主なる神の導きによって、二人はその壁を越え、歴史的な出会いをすることになった。コルネリウスは、身分や地位を越え、主なる神の言葉を聞くために(33節)、謙ってペトロの「足もとにひれ伏し」(25節)た。
 ペトロは、主なる神から「どんな人をも清くない者とか、汚れている者とか言ってはならない」(28節)と示され、ユダヤ人の慣習に反して異邦人の家を訪問し、福音を宣べ伝えた。福音こそこの世の全ての壁を壊して越えさせるものである。