Five Solas Ministry

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

聖書研究 使徒言行録11章1~18節

聖書研究 使徒言行録11章1~18節(新共同訳 新約pp.234-235)

(1) ペトロに対する割礼を受けている者達の非難(1~10節)

 異邦人が福音を聞くことは主なる神の御心であった。「異邦人も神の言葉を受け入れたこと」(1節)は誰もが喜ぶべき知らせであった。
 しかし、「割礼を受けている者たち」(2節)は、その知らせよりもペトロが「割礼を受けていない者たちのところへ行き、一緒に食事をした」(3節)という事実に神経を尖らせた。そして、律法の規定に背いたとペトロを非難した。
 これに対し、ペトロは「事の次第を順序正しく説明し」(4節)、「神が清めた物を、清くないなどと、あなたは言ってはならない」(9節)という主なる神の言葉を伝えた。このことを通してペトロは主なる神の御心を彼らに伝えた。
 イエス・キリスト安息日に右手の萎えた人を癒された時にも、律法学者やファリサイ派の人々が「怒り狂っ」た(ルカによる福音書6章6~11節)。自分の知識に固執したり、自分の義に溺れて主なる神の御心を見逃してはならない。主なる神の御心の前に自分の考えを差し出す時、主なる神の新しい御業が広がっていく。

(2) 主なる神を讃美するエルサレムの教会(11~18節)

 ペトロは幻を見た後に起こった出来事の説明を続ける。コルネリウスが「差し向け」た「三人の人」がペトロの「いた家に到着」(11節)すると、聖霊がペトロに「ためらわないで一緒に行きなさい」(12節)と命じた。それによってペトロは全てを聖霊が導かれたことを強調した。
 その後ペトロがコルネリウスの家に着き、コルネリウスや彼と一緒にいた異邦人に福音を「話しだすと」、五旬祭の日に聖霊がペトロ達の「上に降ったように、彼らの上にも降った」(15節)。
 それに対し、ペトロは「主イエス・キリストを信じるようになったわたしたちに与えてくださったのと同じ賜物を、神が彼らにもお与えになったのなら、わたしのような者が、神がそうなさるのをどうして妨げることができたでしょうか」(17節)と語り、聖霊の驚くべき御業に従うしかなかったことをエルサレムの教会のキリスト者の前で告白した。
 ペテロの報告はエルサレムの教会に大きな衝撃を与えた。「人々は静まり」、そして「異邦人をも悔い改めさせ、命を与えてくださ」る主なる神を「賛美した」(18節)。聖霊の命令に従う時、私達はその働きのために用いていただける。