Five Solas Ministry

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

聖書研究 マルコによる福音書6章7~29節

聖書研究 マルコによる福音書6章7~29節(新共同訳 新約pp.71-72)

(1) 十二人を派遣する(7~13節)

 イエスは「十二人」の弟子達を派遣する時、「汚れた霊に対する権能を授け」られた(7節)。その一方で、伝道の旅に必須の「杖一本」と「履物」以外には、「パンも、袋も」、「金も」持つことを禁じられた(8~9節)。弟子達が安逸や虚栄に陥って使命を忘れたり、楽な場所を求めてさまよったりしないようにするためである。
 その上で、人々が弟子達を「迎え入れず」、弟子達の言葉に「耳を傾けようともしない」なら、未練なくその場所を立ち去るように言われた(11節)。
 キリスト者は生き方をもって模範を示さなければならない。キリスト者の言行不一致や偽善を見る時、人々はイエス・キリストの福音の価値まで貶めかねない。人や物に依り頼まず、ただ主なる神だけに信頼する時、私達は真の福音の証人となる。

(2) バプテスマのヨハネ、殺される(14~29節)

 主なる神から罪を指摘された時、私達は躊躇うことなく、すぐに罪を悔い改めなければならない。悔い改めを躊躇っていると、更に大きな罪を犯すことになる。
 ヘロデ王は「自分の兄弟フィリポの妻ヘロディアと結婚」(17節)するという罪を犯した。バプテスマのヨハネは「自分の兄弟の妻と結婚することは、律法で許されていない」(18節)と断固としてヘロデの罪を指摘した。
 ヘロデは、ヨハネの叱責に悩んだが(20節)、悔い改めの決断を後回しにした。そして、ヘロディアの陰謀にはまって(21~25節)、バプテスマのヨハネを殺してしまった(26~28節)。そのことによって良心の呵責を感じていたヘロデは、イエス・キリストの噂を聞くと、「わたしが首をはねたあのヨハネが、生き返ったのだ」(16節)と恐れた。
 ヘロデは、姦淫の罪を放置した結果、殺人の罪まで犯すことになった。罪を悔い改めないことは更に深刻な罪を招く。罪を悔い改めないこと自体が大きな罪である。