Five Solas Ministry

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

Hayek, The Road to Serfdom, p.158 (西山訳『隷属への道』pp.175-176)

Bruce Caldwell (ed.), The Road to Serfdom: Text and Documents, The Collected Works of Friedrich August Hayek; v. 2, Chicago: University of Chicago Press, 2007, Definitive ed., p.158

(西山 千明訳『隷属への道』東京: 春秋社, 1992年, pp.175-176)

「英国で『ファシズム』体制が樹立されるようなことがあったら、イタリアやドイツのそれとはまったく異なる形態になるだろう、ということはもちろんそうだろう。このような体制への移行が暴力なしに行なわれるとすれば、確かに善良なタイプのリーダーが生まれることも期待できるかもしれない。また、かりに私がなんらかのファシズム体制のもとで生活しなければならないとするなら、私は疑いなく、他のどの国の人間よりも、英国人によって運営されるファシズム体制で暮らしたいと思う。しかしながら、だからといって、ファシズム体制は英国で樹立されるのなら、その本来的な形態とはまったく違うものになるだろうとか、はるかに耐えやすいものとなるだろう、ということにはならない。様々な面から考えて、現在存在する全体主義体制の最悪の特徴と思われるものは、偶然的な副産物ではなく、全体主義が遅かれ早かれ生み出すに違いない現象であることは、ほとんど疑いのないところである。どんな民主的な統治者であっても、国民の経済活動を計画化し始めるやいなや、独裁的な権力をふるうか、それとも計画を放棄するかという二者択一に直面してしまうのと同様に、どんな全体主義的独裁者も、その体制を運営し始めるやいなや、通常の道徳を無視するか、それとも運営に失敗するかの二者択一をせざるをえなくなるだろう。まさにそのゆえにこそ、全体主義へと向かっている社会においては、不道徳で自己抑制力のない人間が権力の座へ登るようになるのである。このことが理解できない人は、全体主義自由主義体制とがいかに決定的に違うものであるか、集産主義と西欧個人主義文明とで社会全体の道徳的雰囲気がいかに究極のところで違うものであるか、まだ完全に把握できていないのである」