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Ludwig von Mises Economic Policy 2

Ludwig von Mises Economic Policy 2
【関心・疑問】

【論文名】
第二講 計画による混乱

【著者名】
Ludwig von Mises (村田 稔雄訳)

【書名・(巻・号)・出版社・出版年・(版)】
Economic Policy: Thoughts for Today and Tomorrow, South Bend, Ind.: Regnery/Gateway, 1979
(『自由への決断――今日と明日を思索するミーゼスの経済学』東京: 広文社, 1980年, pp.33-62)

【本文の構成】
推薦のことば(山本 勝市)
まえがき
第一講 市場経済の成果
第二講 計画による混乱
 社会における自由
 見えないボス――消費者
 誤りを犯す自由
 身分社会とカスト
 地位の移動性
 開かれた機会
 中央政府の計画か、個人の計画か
 新しいアイデアを阻む「計画者」
 社会主義と芸術
 経済計算の問題
 市場価格の重要性
 ソビエトの「実験」
 消費者主権か、官僚主権か
第三講 介入政策の失敗
第四講 インフレーションの誘惑
第五講 世界を変える海外投資
第六講 自由への決断
訳者あとがき

【内容の要約(ページ数)】

【引用したい文章(ページ数)】
 市場経済においては、各個人は自分がつきたい職業を何でも選んで、自分なりに社会に組み込まれる道を選ぶ自由があります。しかし社会主義体制では、そうなりません。各人の職業は政府の命令によって決定されます。嫌いな人たちや、ある地域に住まわせたくない人びとに対して、政府は、他の地域や他の場所へ移転を命じることができます。しかも政府は、そのような目立った市民がいると権力者の目障りとなるので、現在の場所から五千マイル離れた場所への移転を、政府計画上必要だと称して、いつでもそのような措置を正当化し、理由づけられる立場にあります(4)。(邦訳pp.35-36)

【訳注】(4) ミーゼスのこのような警告は、ソ連の水爆の父であり、ノーベル平和賞受賞の自由派知識人であるサハロフの身の上に現実となり、一九八〇年一月、彼はゴーリキー市へ強制的に移された。(邦訳p.36)

 市場経済で得られる自由は、形而上学的観点からいうと確かに完全な自由ではありません。しかし完全な自由は存在しないのです。自由は、社会の枠組の中だけに限られるものです。十八世紀の「自然法」に関する著述家――とりわけ、ジャン・ジャック・ルソー――は、かつて人類は大昔に「自然的」自由というものを享受していたと信じていました。しかし、そのような昔には個人は自由でなくて、自分よりも強いすべての者のなすがままになっていました。「人間は生まれながらにして自由であるが、しかしいたるところで鉄鎖につながれている」(5)という言葉は、もっともらしく聞えるかも知れませんが、本当は人間は生まれながらにして自由なのではありません。人間はきわめて弱い乳呑子として生まれます。両親の保護がなければ、また社会が両親に与える保護がなければ、幼児は生命を保つことができないでしょう。(邦訳p.36)

 すべての経済問題について、フランスの偉大な経済学者フレデリックバスティア(7)の言葉を銘記しなければなりません。彼のすぐれたエッセイの一つに「見えるものと見えないもの “Ce qu’on voit et ce qu’on ne voit pas”」という表題のものがあります。経済体制の機能を理解するためには、見えるものを取り扱うだけでなく、直接には知覚できないものにも注意を払わなければなりません。たとえば、給仕に出したボスの命令は部屋にいるだれにも聞こえますが、聞こえないのは顧客がボスに与えた命令であります。(邦訳p.38)

消費者主権か、官僚主権か

 米国においては、ほとんど毎週のように何か新しいことや改善のニュースが耳に入ります。これらはビジネスが生み出した改善なのです。なぜなら、既存の製品よりももっと消費者を満足させるか、または生産費が少なくてすむような、あるいは品質がよく、しかも生産費が低い新製品を何か見付けようと、無数のビジネスマンが夜も昼も努力しているからです。彼らがそうするのは愛他主義からではなく、お金をもうけたいからです。その結果、五十年や百年昔に存在していた米国の生活水準に比べると、ほとんど奇蹟といってよいほどの生活水準の向上が実現しています。しかし、そのような体制を持たないソビエト・ロシアでは、これに匹敵するような向上がみられません。したがって、われわれもソビエトの体制を採用すべきだという人びとは、非常な誤りを犯しているわけです。(邦訳p.61)

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