Five Solas

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

聖書研究 使徒言行録13章13~31節

聖書研究 使徒言行録13章13~31節(新共同訳 新約pp.238-239)

(1) ピシディア州のアンティオキアに伝えられたイエス・キリスト(13~23節)

 キプロス島を離れたパウロ達は、船に乗って小アジアに向かった(13節)。彼らは「ピシディア州のアンティオキアに到着し」、「安息日に会堂に入っ」た(14節)。そして、礼拝の中で「会堂長たち」から「兄弟たち、何か会衆のために励ましのお言葉があれば、話してください」と頼まれた(15節)。
 それに対し、パウロイスラエルの歴史について簡潔に話した。そして、イスラエルの歴史が神の主権によって導かれたこと、そしてそれがイエス・キリストに繋がっていることを強調した。このことは「神」を主語とする動詞の連続からも分かる(「選び出し」(17節)、「強大なものとし」(17節)、「導き出し」(17節)、「耐え忍び」(18節)、「滅ぼし」(19節)、「相続させ」(19節)、「任命なさい」(20節)、「お与えになり」(20節)、「退け」(22節)、「王の位につけ」(22節))。
 歴史を治め、導かれる主なる神は、イスラエルの先祖にされた「約束に従って」、「イスラエルに救い主イエスを送ってくださった」(23節)。イエス・キリストは救いの中心であり、全ての約束の成就である。

(2) 救いの言葉であるイエス・キリスト(24~31節)

 パウロは、救い主である「イエスがおいでになる前に」、ヨハネが「イスラエルの民全体に悔い改めの洗礼を宣べ伝え」(24節)、イエス・キリストの道を準備したことを語る(ルカによる福音書3章4~6節)。
 主なる神は、このように万全の準備をされた後、イエス・キリストを「救いの言葉」(26節)としてこの世に送られた。誰でもイエス・キリストを受け入れさえすれば、救いの道に入ることが出来るようになったのである。
 にもかかわらず、「エルサレムに住む人々やその指導者たちは、イエスを認めず」(27節)、「死に当たる理由は何も見いだせなかったのに、イエスを死刑にするようにとピラトに求め」(28節)た。バプテスマのヨハネが「その方の履物のひもを解く値打ちもない」(ルカによる福音書3章16節)と言って崇めた方を、彼らは十字架につけて殺した。
 しかし、そのことによって「イエスについて書かれていることがすべて実現した」(29節)。そして、「神はイエスを死者の中から復活させ」(30節)た。復活のイエス・キリストは「御自分と一緒にガリラヤからエルサレムに上った人々に、幾日にもわたって姿を現され」、彼らをご自分の「証人」とされた(31節)。
 キリスト者は、イエス・キリストと出会い、その証人として召された者である。