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主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

Jean Calvin Commentarius in Epistolam Pauli ad Romanos 13

Jean Calvin Commentarius in Epistolam Pauli ad Romanos 13
【関心・疑問】

【論文名】
Commentarius in Epistolam Pauli ad Romanos

【著者名】
Jean Calvin (渡辺 信夫訳)

【書名・(巻・号)・出版社・出版年・(版)】
Guilielmus Baum, Eduardus Cunitz, Eduardus Reuss (eds.), Ioannis Calvini Opera Quae Supersunt Omnia; 49, Corpus Reformatorum; 77, Brunsvigae: C.A. Schwetschke, 1892
(『ローマ書』カルヴァン新約聖書註解; 7, 東京: 新教出版社, 1959年)

【本文の構成】

【内容の要約(ページ数)】

【引用したい文章(ページ数)】
第13章

1 すべての人は……従うべきである

なぜなら、神によらない権力はなく

 われわれが主長に臣従しなければならない理由は、かれらが神の定めによって立てられたところにある。世界をこのようにして治めることが主の御むねにかなうことであるならば、すべて権力をあなどり、これに反抗するものは、神の定めをくつがえそうとし、さらに、神そのものに対してまで逆らうのである。なぜなら、政治的権力の創立者であられる御方の摂理をあなどるものらは、かれと戦うことをたくらんでいるからである。なおまた、権力は神からのものであるが、これは、疫病・飢饉・戦争・ならびに罪を犯したものに対するその他のこらしめがそうであるような意味においてでなく、むしろ、神はかれらを、この世界の合法・正当な統治のために立てられたものだからである、ということを理解しよう。なぜなら、不正な専制政治と支配とは、混乱に満ちたものであるために、正しく秩序付けられた統治の列に置くべきものではないが、そのうちにある支配の権は、人類の幸福と利益とのために神から定められたものだからである。また、戦争を防止し、他の有害なことの対策を講じることがかれらに許されているのであるから、使徒は、人類に益をもたらすものとしての主長の権力と支配とを、われわれが積極的に支持し・保持するようにと命じている。なぜなら、神が人々の罪に向けて送りたもう刑罰のことを、われわれは固有の意味では「神の定め」とは呼ばず、神がはっきりと、正しい秩序の保存のために確立したもう手段をそのように呼ぶからである。(p.249; 邦訳p.348)

【コメント】