Five Solas Ministry

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

Bahnsen, By This Standard, p.207 (床田訳『現代に生きるための旧約律法』pp.257-258)

Bahnsen, By This Standard, p.207 (床田訳『現代に生きるための旧約律法』pp.257-258)
【関心・疑問】

【論文名】
第二一章 律法の伝統的な「三つの用法」

【著者名】
Greg L. Bahnsen (床田 亮一訳)

【書名・(巻・号)・出版社・出版年・(版)】
By This Standard: The Authority of God’s Law Today, Tyler, Texas: Institute for Christian Economics, 1985, pp.201-209
(『現代に生きるための旧約律法』東京: アルファオメガ (発売 竹原: 聖恵授産所出版部), 1992年, pp.252-260)

【本文の構成】
はじめに(ゲイリー・ノース)
緒言

 第一章 本書の目的と神学的立場
第一部 神の律法の権威
A 聖書はすべての事柄を包括する基準
 第二章 神の言葉がわれわれの基準である
 第三章 聖書全体が今日の基準である
 第四章 「真の服従」が要求する範囲
B 信仰についての根本的教理
 第五章 契約における善悪の基準の一貫性
 第六章 御父の不変の聖さと律法
 第七章 御子が示した義の規範
 第八章 聖霊が与える生活の原動力
C 「動機」や「結果」の視点から
 第九章 動機を重視する倫理は、律法を認める
 第一〇章 結果を重視する倫理は、律法を認める
D 新約時代における旧約律法
 第一一章 新約聖書は、明らかに律法を支持している
 第一二章 新約聖書中の倫理のテーマは、律法を認める
 第一三章 新約聖書が行う道徳上の判断は、律法を認める
 第一四章 神の律法の区分
E 旧新約聖書の律法観の要約
 第一五章 律法に関する諸契約間の一致
 第一六章 律法に関して、旧新約が異なる点
F 神の律法の働き
 第一七章 神の命令が示す服従のルールは、律法主義ではない
 第一八章 神の律法の乱用に対する新約聖書の反論
 第一九章 律法にはできないこと
 第二〇章 律法にできること、すべきこと
 第二一章 律法の伝統的な「三つの用法」
  議論の多い「第一用法」
  聖書の律法と国家
  結論
第二部 神の律法の政治面への適用
 第二二章 福音の持つ広がりとしての政治的意味
 第二三章 旧約時代のイスラエルにおける律法と政治
 第二四章 イスラエル周辺諸国における律法と政治
 第二五章 新約聖書における律法と政治
 第二六章 犯罪と刑罰
 第二七章 教会と国家
第三部 神の律法への敵意
 第二八章 自律性と反律法主
 第二九章 律法の一般的有効性への反論
 第三〇章 律法の政治的用法に対する反論
結論
 第三一章 今日における神の律法の権威

用語解説

【内容の要約(ページ数)】

【引用したい文章(ページ数)】
 An ironic situation has arisen in our day. Evangelical Christians who might be considered to lean toward a more “liberal” position in politics, and Evangelical Christians who might be thought to favor a more “conservative” position in politics, have at least this one unwitting area of significant agreement: they both wish to make principled and authoritative use of the Old Testament law for social justice. Recent publications which have promoted an active involvement by the believer in relieving the needs of impoverished people around the world have made noteworthy appeal to the law of Jubilee, while many books and articles written to protest the tolerance of homosexuality and/or abortion in our day have made clear and unapologetic reference to the Old Testament prohibitions against them. (p.207)

 今日、皮肉な状況が生じています。政治に関してはリベラルに傾いていると思われている福音派のクリスチャンと、同じく政治に関して「保守的」な立場を支持していると思われている福音派のクリスチャンは、少なくとも一つの領域で、はからずも重要な合意に達しているのです。それは、どちらもが、社会正義のための権威ある原則として、旧約律法を用いたいと願っていることです。世界中の貧しい人々の必要を満たす働きにクリスチャンが積極的に関わることを奨励している最近の出版物は、さかんに、「ヨベルの年」のような旧約律法の制度に訴えていますし、他方、同性愛や中絶を容認する今日の情勢に抗議する著書や記事も、それらを禁じる旧約律法を何の弁解も遠慮もなく用いているのです。(邦訳pp.257-258)

【コメント】