Five Solas Ministry

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

聖書研究 コリントの信徒への手紙一12章28~31節

聖書研究 コリントの信徒への手紙一12章28~31節(新共同訳 新約pp.316-317)

【概要】

【歴史的背景】

【釈義】

【黙想】
愛を追求する

 パウロは、主なる神がキリストの体である教会に分け与えて下さった多様な賜物と、「教会の中に」「お立てに」(28節)なった奉仕者について語る。
 全ての人が同じ賜物を持ち、同じ働きを担うことは不自然であり、それでは教会の成長に繋がらない。だから、教会において「皆が使徒」であること、「皆が預言者」であること、「皆が教師」であること、「皆が奇跡を行う者」であること(29節)、「皆が病気をいやす賜物を持っている」こと、「皆が異言を語る」こと、「皆がそれを解釈する」ことはない(30節)。
 賜物は聖霊から来ているので全て尊い。そして、それは、個人に与えられたものというよりも、教会に与えられたものである。自分が受けた賜物を自分のために利用しようとするところに高慢がある。賜物のことで他の兄弟姉妹と比較をして、人を傷つけたり、自分が苦しんだりすることのないよう、重々注意しよう。主なる神が私達一人一人に与えて下さった賜物に感謝し、それをよく用いて、教会を建て上げていく働きに携わっていこう。
 その上で、パウロは「あなたがたは、もっと大きな賜物を受けるよう熱心に務めなさい」(31節)と教え、愛こそがそれであると語る(13章)。パウロが愛を「最高の道」(31節)であると述べているのは、それが教会においてより大きな益を兄弟姉妹に与えるからである。全ての賜物は愛によって用いるべきであり、他の人の益となるために与えられたものである。愛がなければ、いかなる賜物も無用のものになってしまう。

【適用】
 教会で担っている奉仕を通して、主なる神のご栄光を現し、他の人に益をもたらしているだろうか。

【祈り】
 主よ、体のどの部分も大切で、不必要なものがないように、私をはじめ、全ての人があなたの御国において大切な家族であることを悟らせて下さい。