Five Solas Ministry

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

聖書研究 マルコによる福音書9章33~37節

聖書研究 マルコによる福音書9章33~37節(新共同訳 新約pp.79-80)

【概要】

【歴史的背景】

【釈義】

【黙想】
いちばん偉い者

 弟子達はイエス・キリストの受難と復活の意味を理解出来ないだけではなかった。カファルナウムに向かう道中(33節)、彼らは自分達の中で「だれがいちばん偉いかと議論し合っていた」(34節)。
 そのような弟子達にイエス・キリストは「いちばん先になりたい者は、すべての人の後になり、すべての人に仕える者になりなさい」(35節)と言われます。これは彼らの価値観とは全く異なる答えであった。
 また、イエス・キリストは「一人の子供の手を取って彼らの真ん中に立たせ」(36節)、「わたしの名のためにこのような子供の一人を受け入れる者は、わたしを受け入れるのである。わたしを受け入れる者は、わたしではなくて、わたしをお遣わしになった方を受け入れるのである」(37節)と言われた。
 当時子供は役に立たない者、つまらない存在と見なされていた。しかし、イエス・キリストはそのような者を受け入れるほど謙らなければならないと教えられた。

【適用】
 私が仕えるべき「子供」は誰だろうか。その人にイエス・キリストの教えをどのように実践すればよいだろうか。

【祈り】
 主よ、あなたの御国において価値あることは、仕えること、謙ること、人の後になることであるとイエス・キリストより教えていただきました。天の御座を捨てて、十字架を負われたイエス・キリストのように、隣人に仕え、あなたの道を歩ませて下さい。