Five Solas Ministry

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

聖書研究 使徒言行録23章1~11節

聖書研究 使徒言行録23章1~11節(新共同訳 新約p.260)

【概要】
 パウロは最高法院の議員達を見つめて、自分はあくまでも良心に従って神の前に生きてきたと言った。そして、自分はファリサイ派であり、復活を信じるが故に裁きを受けていると叫んだ。すると、復活を信じないサドカイ派と復活を信じるファリサイ派が衝突した。主は再びパウロに、ローマでも証しをするよう命じられた。

【歴史的背景】

【釈義】
4~5節 パウロの大胆さ
 パウロの「近くに立っていた者たち」が「神の大祭司をののしる気か」と尋ねると、パウロは「その人が大祭司だとは知りませんでした」と応酬した。危機に直面する中でもパウロの機転と弁の才能が発揮されているようにも見える。これは、主なる神の律法に露骨に背いている者が「神の大祭司」だとどうやって分かるのかという反問である。更に、パウロは「あなたの民の指導者を悪く言うな」という律法を引用し、自分は忠実なユダヤ人であり、民の指導者を尊重する思いはあると主張する。

【黙想】
(1) 大祭司とパウロ(1~5節)

 千人隊長はパウロに対する告訴内容を正確に把握しようと「最高法院の議員たち」を招集した(1節)。パウロは議員達を前に、決して気後れしなかった。何故なら「あくまでも良心に従って神の前で生き」(1節)、またどのような状況でも主なる神の言葉に従ったからである。パウロは「彼の口を打つように命じた」のが「大祭司アナニア」だということを知ると(2節)、すぐに「あなたの民の指導者を悪く言うな」(5節)という律法に触れ(出エジプト記22章28節)、律法に従う姿勢を見せた。このような姿勢は大祭司の態度とはっきりとした対照をなしている。大祭司は自分の感情に任せて、「律法に従って」裁かなければならないという主なる神の言葉に背き(3節)、パウロを断罪したからである。正しくない状況でも主なる神の言葉に従おうとするパウロの姿は、私達が見習うべき姿勢である。

(2) ファリサイ派サドカイ派の論争(6~11節)

 パウロは最高法院がファリサイ派サドカイ派の二派によって構成されていることを知っていたので、自分が「生まれながらのファリサイ派」であり、「死者が復活するという望みを抱いていること」で「裁判にかけられている」と話した(6節)。パウロが意図した通り、この発言は議員達を刺激し、サドカイ派ファリサイ派の間に「論争が生じ」(7節)、激しくなって騒動に発展した(9節)。この場面を見る時に思い浮かぶイエス・キリストの言葉がある。「だから、前もって弁明の準備はするまいと、心を決めなさい。どんな反対者でも、対抗も反論もできないような言葉と知恵を、わたしがあなたがたに授けるからである」(ルカによる福音書21章14~15節)。パウロ聖霊が下さった知恵のある言葉で最高法院の取り調べから逃れた。知恵の源である主なる神だけが私達に真の知恵を下さる。

【適用】
 一方的な恵みによって救われたキリスト者は、福音を伝える使命を与えられた。唯一の救いであるイエス・キリストの福音を伝える働き人とされたことは、大きな恵みである。福音を伝える時には様々な苦しみがあることだろう。世の人々は、福音を誤って聞いたり、反発したりする。それらに向かうのを恐れて、福音を伝えることを諦めてはならない。その中でこそ福音は光を放つのである。主が助け、守って下さる。キリスト者は委ねられたこの素晴らしい福音を伝えなければならない。

祈り
 兵営の中でパウロに会い、「ローマでも証ししなければならない」と言われた主よ、私もあなたを信じない人々の前で、恐れずに真理を証し出来るように勇気をお与え下さい。