Five Solas

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

Strohm, Johannes Calvin (菊池訳『カルヴァン』pp.87-88)

Christoph Strohm, Johannes Calvin: Leben und Werk des Reformators, C. H. Beck Wissen in der Beck’schen Reihe; 2469, München: C. H. Beck, 2009
(菊地 純子訳『カルヴァン――亡命者と生きた改革者』東京: 教文館, 2016年, pp.87-88)

〈構成〉
日本語版への序文

1 「司教座教会の陰で」――子ども時代と青年時代
2 パリでの基礎過程の学び――スコラ学と教会の正統信仰
3 オルレアンとブルージュでの法律の学び――人文主義的法学への旅立ち
4 一五三二年のセネカ『寛容論』の註解書――人文主義の魅惑
5 「前触れなしの変化」――宗教改革へ向かう
6 『キリスト教綱要』(一五三六年版)――弁明と宗教改革綱領
7 「あのフランス人」――ジュネーヴでの最初の活動(一五三六-三八年)
8 「カルヴァンカルヴァンとなる」――シュトラスブルク(一五三八-四一年)
9 ジュネーヴ(一五四一-四二年)――教会規律の再編成
10 教会規律の実践をめぐる争い(一五四三-五五年)
11 教えの一致と教えの純粋さ――宗教改革の成果をめぐる闘争
12 先鋭化(一五五三-五四年)
13 強化と教派の形成、迫害と完成(一五五五-六四年)
14 宗教改革の仕事と世の中への影響
おわりに――力強い活動の根拠

〈引用〉
 宗教改革者たちの間では、世俗の権力と教会の権力との明確な違いに関する基本線に異論はなかった。カルヴァンもまた常にそれを強調した。しかし、道徳規律と教会規律については、世俗の長たちに責任があるかどうか、異なる立場があった。チューリッヒ(とベルン)では、ツヴィングリの理解に沿って世俗の長の事柄として扱っていた。それに反して、バーゼルの改革者であるエコランパディウスは、広範囲に影響を与えることになった一五三〇年の市議会の前で行った演説で、教会規律を教会裁判所の管轄であると強調した。カルヴァンは、バーゼル滞在時の一五三六年に印刷された、この演説を知っていた。またシュトラスブルクに滞在していた一五三八年と一五三九年にブツァーが書いたこれについての紛れもない敷衍もカルヴァンは同様に熟知していて、これに沿って、自分も方向づけていた。