Five Solas Ministry

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

聖書研究 使徒言行録22章30節~23章11節

聖書研究 使徒言行録22章30節~23章11節(新共同訳 新約pp.259-260)

【概要】
 最高法院でパウロは、自分はファリサイ派であるが、復活のことで裁きを受けていると語った。すると、復活を信じないサドカイ派と復活を信じるファリサイ派の間で激しい論争が生じた。その夜、パウロの傍に主が立たれ、「勇気を出せ」と励まし、「ローマでも証しをしなければならない」と言われた。

【歴史的背景】

【釈義】

【黙想】
(1) 真実の信仰者であるか、白く塗った壁であるか(22章30節~23章5節)

 キリスト者は主なる神が下さった良心に恥じない生活をしなければならない。最高法院の議員達の前に立たされたパウロは、「わたしは今日に至るまで、あくまでも良心に従って神の前で生きてきました」(1節)と言った。すると、「大祭司アナニアは、パウロの近くに立っていた者たちに」、まだ有罪判決を受けていないパウロの「口を打つよう」「命じた」(2節)。裁く立場にある者が、正しく裁かなければならないという律法に背き(申命記16章18節)、不法を行ったのである。彼は見かけだけが華やかな「白く塗った壁」(3節)のような偽善者であった。そのため、パウロは、アナニアを叱責したが(3節)、彼が大祭司だと知ると、「あなたの民の指導者を悪く言うな」という主なる神の言葉に従い(5節、出エジプト記22章28節)、彼の権威を尊重した。パウロのように、御言葉を深く知り、御言葉通りに生きることが、正しい信仰者の姿である。

(2) 最高法院の分裂とパウロの使命(6~11節)

 復活はキリスト教の核心的な真理である。「復活も天使も霊もない」と考える「サドカイ派」と、それらを「認めて」いた「ファリサイ派」は、いつも対立関係にあった(8節)。パウロは、ユダヤ教内部の問題に注意を向けさせ、命の福音である主イエス・キリストを伝えるために「死者が復活するという望みを抱いていること」(6節)を表明した。すると、「ファリサイ派の数人の律法学者」からパウロを支持する発言があるなど(9節)、両派の間に激しい論争が起こった(7節)。パウロの身が危険に晒されると、主はまだなすべき使命が残っているパウロを、千人隊長を通して保護された(10節)。そして、その日の夜、彼の使命を再確認させ、励まされた(11節、18章9~10節、19章21節)。キリスト者は、主イエス・キリストの贈り物である復活を、喜びをもって待ち望みつつ、人々に宣べ伝えなければならない。

【適用】
1. パウロが大祭司に「白く塗った壁」と言ったのは何故だろうか。私達に白く塗った壁のような姿はないだろうか。

2. パウロが最高法院で復活の望みについて述べたのは何故か。復活の望みはどのような希望を与えるか。その希望を伝えるべき人は誰か。

祈り
 内面に悪を隠し、敬虔の仮面を被っていたことを悔い改めます。偽善を捨て、良心を通して語られる聖霊に従い、主なる神の目に適った道を歩むことが出来ますように。主なる神が死者の中から生き返らせたイエス・キリストによる復活の望みを伝えることが出来ますように。