Five Solas Ministry

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

聖書研究 イザヤ書54章7~10節

聖書研究 イザヤ書54章7~10節(新共同訳 旧約p.1151)

【概要】
 主は、夫に捨てられた女のようなイスラエルに向かって、彼らの子孫が諸国の民の土地を継ぎ、荒れ果てた町々を再び人の住む所にすると仰せられた。主は激しく怒って彼らを僅かの間捨てたが、とこしえの慈しみで彼らを憐れまれる。それはノアに誓われたことと同じである。主の平和の契約は揺らぐことがない。

【歴史的背景】

【釈義】
7~8節 わたしはあなたを引き寄せる

 イスラエルの過去と未来は全く対照的である。主なる神は「わたしはあなたを捨てた」「顔をあなたから隠した」とイスラエルとの関係が断絶された。しかし、主なる神はその後「わたしはあなたを引き寄せる」「あなたを憐れむ」とイスラエルとの関係を回復される。時間的にも、裁きは「わずかの間」であるが、回復は「とこしえ」に保たれる。主が「激しく怒っ」たことも、「深い憐みをもって」、「とこしえの慈しみをもって」(עֹולָ֖ם בְחֶ֥סֶד [ḇə-ḥe-seḏ ‘ō-w-lām](永遠の契約の愛をもって))と非常に対照的である。「あなたを贖う主は言われる」によっても、イスラエルの回復が確実なことが示される。

【黙想】
 主なる神の懲らしめは一時的であるが、主なる神の愛は永遠に続く。主なる神は、イスラエル背信の故に「わずかの間」彼らを懲らしめたが、変わらぬ愛をもって彼らを回復させた。不従順と罪の故にバビロンの捕囚となったイスラエルに、恵みと愛を注ぎ、「再びあなたを怒り、責めることはない」という平和の契約を立てられたのである。かつて主なる神はノアに対し、再び大洪水で地を滅ぼすようなことはしないと約束し、その約束を誠実に守られた。同様に、主なる神がイスラエルに対する憐れみと誓いを放棄することはない。イエス・キリストが十字架を通して主なる神と罪人の間に立てられた平和の契約も永遠のものである。

【適用】
 主なる神の憐れみは大きく、深く、広く、高い。主なる神は「とこしえの慈しみをもってあなたを憐れむ」と約束される。主なる神の愛は限りがない。主なる神の約束は、たとえ天地が消えても消えることがない。
 イスラエルに対する主なる神の怒りは、ノアの洪水のように恐ろしいが、彼らの罪に比べれば一時である。主なる神は洪水が終わると、虹を造り、二度と洪水で滅ぼすことをしないと約束された。主なる神はご自身の民を決して見捨てない。主なる神はイスラエルを無限の愛ととこしえの慈しみによって回復される。
 山が移り、丘が揺らぐことがあっても、主なる神の慈しみは私達から移らない(10節)。同様に、主なる神の平和の契約も動くことはない。主なる神の約束は、この世のいかなる岩よりも堅く、いかなる山よりも永遠である。主なる神は一度も失敗したことがなく、むなしく消えることもない。主が語られるなら存在し、歴史となり、意味がある。

祈り
 主よ、深い憐れみととこしえの慈しみによって私を引き寄せて下さり、感謝致します。山が移り、丘が揺らぐことがあっても、自分の慈しみは移らないというあなたの御言葉に依り頼み、希望を抱きます。